またしても学説の対立です。人身傷害を先に請求し、後に賠償金を受け取る場合の求償のルールについては「差額説」で決着しました。しかし、先に賠償金を取得した後から人身傷害を請求した場合、以下、どちらの基準かによって損得が生じてしまうのです。 自社基準の損害総額から矢口さんの過失分(人身傷害保険金)の算定をすることを「人傷基準差額説」と呼びます。相手との裁判で決まった賠償金総額を認め、その額から矢口さんの過失分(人身傷害保険金)を算定するのが「訴訟基準差額説」です。
たくさんのアクセスありがとうございます。連休中も頑張って良かった。もっとも熱心にこのシリーズをフォローしているのは同業者さんか弁護士さんと思いますが・・。
では、「差額説」に決着しても、なお残る問題について進めましょう。おなじみの実例を使います。(登場人物、組織名はもちろん架空です)
人身傷害特約は自分の過失分も出る保険なのに何故?
矢口さんは自動車で走行中、交差点で出合頭の衝突事故でケガをしました。腕を骨折し、半年後、後遺障害12級の認定を受けました。そして弁護士の後藤先生に交渉を依頼しました。続きを読む »
続けて人身傷害補償条項も整備しました。支払いルールは以前と同じですが、求償のルールが加わりました。あまりにも難解で、弁護士先生ですら「なんのこっちゃ理解できない」と言っています。今日も飛ばしてOkです。
第8条 支払保険金の計算
(1) 第6条の規定(当社が別紙に定める算定基準)により決定される損害額+その他費用が支払い限度です。(かなり略しました) (2) 次の①から⑥までのいずれかに該当するもの(以下この(3)において、「回収金等」といいます。)がある場合において、回収金等の合計額が保険金請求権者の自己負担額(注2)を超過するときは、当会社は(1)に定める保険金の額からその超過額を差し引いて保険金を支払います。
なお、賠償義務者があり、かつ、判決または裁判上の和解において、賠償義務者が負担すべき損害賠償額が算定基準と異なる基準により算出された場合であって、その基準が社会通念上妥当であると認められるときは、自己負担額(注2)の算定にあたっては、その基準により算出された額を損害額とします。
ただし、訴訟費用、弁護士報酬、その他権利の保全または行使に必要な手続きをするために要した費用および遅延損害金は損害額に含みません。
(注2)自己負担額 損害額および前条の費用のうち実際に発生した額の合計額から(1)に定める保険金の額を差し引いた額をいいます。
以下①~⑥は簡略に言い直します。
① 自賠責保険からの回収金 ② 加害者側に保険会社があり、その対人賠償保険金 ③ ...
「絶対説」vs「差額説」の争いの間、約款の改正が進みました。この「差額説」について、約款の条文から整理しておきましょう。
昨日の説明で理解した方は今日の内容は飛ばして結構です。専門家を名乗る以上、一応、約款を分析したに過ぎません。説明する側として判例や約款を専門用語で解説することは簡単です。昨日のように誰もが理解できるように簡単に説明する方がはるかに難しいのです。
それでは、損保ジャパンを例にします。
「差額説」の根拠となった求償ルール
第23条 代位
(1) 被保険者または保険金請求権者が他人に損害賠償の請求をすることができる場合には、当会社は、その損害に対して支払った保険金の額の限度内で、かつ、被保険者または保険金請求権者の権利を害さない範囲内で、被保険者または保険金請求権者がその者に対して有する権利を取得します。
「被保険者の権利を害さない範囲内で」とは、矢口さんが損害の全額を確保できるよう、加護火災が既に支払った保険金返還の限度を明示しています。東海も当時の約款、一般条項 第6節4 条「代位」に同じく規定していました。各社、求償に関して類似の一般条項があり、これが「差額説」が勝った根拠になったのです。
元々、この求償ルールは自動車保険の車両保険なども含めた、全般に適用する一般条項「代位」に規定していました。人身傷害の求償ルールとして、さらに約款改定を進めました。
「差額説」に適応させるべく、より整備された求償ルール
第28条 代位
(1)損害が生じたことにより被保険者または保険金請求権者が被保険者債権(注)を取得した場合において、当会社がその損害に対して保険金を支払ったときは、その被保険者債権(注)は当社に移転します。ただし、移転するのはのは次の①または②のいずれかの額を限度とします。
① 当会社が損害の額の全額を保険金として支払った場合
被保険者等債権(注)の全額
② ①以外の場
いよいよ、人身傷害特約をめぐる争いの世界に突入です。覚悟してついて来て下さい。
交通事故でけがをした場合、事故相手(相手保険会社)だけではなく、自身も人身傷害特約に加入していれば、双方に請求することが可能です。 まず、被害者が先に自らが加入している保険会社(以後、人傷社とします)に人身傷害特約を請求・取得し、その後に裁判等で賠償金を取った場合を想定して下さい。その賠償金は加害者が任意保険に入っていればその保険会社(以後、賠償社とします)が支払うことになります。この場合、先に人身傷害を支払った人傷社がその賠償金からすでに払った人身傷害保険金をどれだけ求償できるのか?を争った裁判です。
人傷社は「既に支払った全額を返して!」と「絶対説」を主張し、被害者は「過失関係なく全額補償するのが人身傷害特約でしょ?」と主張しました。そして、裁判の結果、「被害者の賠償金全額を超えない範囲で求償しなさい」と、人傷社の全額求償を否定しました。これが「差額説」です。
これから続けます人身傷害約款の問題点に触れる前に、この「絶対説」「差額説」の理解は避けて通れません。難しい話なので裁判の判旨を読んでも弁護士しか理解できないでしょう。今日・明日は人身傷害の「絶対説」vs「差額説」を世界一易しく解説します。これは昨年の「弁護士研修」の講義の内容からです。
「絶対説」では全額補償とならない?
矢口さんは自動車で走行中、交差点で出合頭の衝突事故でケガをしました。腕を骨折し、半年後、後遺障害12級の認定を受けました。過失割合については相手と事故状況が食い違い、争っています。治療費は相手のTUG損保(賠償社)から支払われていましたが、後遺障害の話となると険悪となってしまい、話し合いが進みません。 そこで矢口さんが加入している加護火災(人傷社)の人身傷害特約から、先に保険金500万円を受け取りました。
支払い基準は約款の『第〇条 損害額の決定』の条項を確認します。ここに払うべき保険金の計算根拠を示してあります。具体的な計算式は別条項の『支払保険金の計算』と『別紙 算定表』『別表』に書かれています。この計算式で計算される金額は、概ね対人賠償の保険会社基準と同程度の金額になります。この算定金額が裁判基準に比べ、あまりにも低いのが問題なのです。何故、低くなってしまうのか? 理由を以下、計算方式から説明します。
1、治療費や医療関係の実費は実際にかかった費用となります。
2、同じく休業損害も実費です。サラリーマンであれば源泉徴収票の数字をそのまま採用します。しかし、自営業の方の算定では実収入の認定額が問題となります。また、双方、休業の対象日の決定も約款上、保険会社が決めることになります。
3、慰謝料は任意保険基準でぴったり金額が決まっています。
4、逸失利益、介護料については計算式が示してあるものの、根拠となる年収額や労働能力喪失率と喪失年数は保険会社が決めます。ここで保険会社の担当者の判断や会社の運用基準が関与します。結果として、保険会社の都合でいかようにでも計算できることになります。
つまり、保険会社の基準が裁判等で決まった数字と比べて著しく低くなる理由は、上記2~4の計算上、保険会社が根拠となる数字を決めるからです。それが被害者の被害の実態に即していないことが多く、特に慰謝料は金額が約款に明記されており、見ての通り一律に低いのです。
赤い本(≒裁判基準の相場)⇒ 110万円 に対し、
人身傷害特約 ⇒ 50万円 (損J) 損Jに限らず、各社、ほぼ半額以下です。 続きを読む »
さて、人身傷害特約の約款改定も触れないわけにはいきません。東京海上の発売から16年、もはや個人契約自動車保険には80%以上付帯されています。発売当初、「夢の実額補償」「過失があっても全額補償」と謳われた保険でした。
特約について詳しくは ⇒ 人身傷害特約のおさらい
しかし、実額補償と言っても日本では保険会社の計算する賠償金と裁判の相場ではものすごい開きがあったので、様々な矛盾、問題が噴出しました。
その一つは、
「人身傷害はあらかじめ保険会社が支払い基準を定めた傷害保険である」 つまり保険定食?
これに対して、「人身傷害特約に裁判基準の賠償金を請求できないか?」
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それでは、無保険車傷害特約の支払い基準が、人身傷害特約のように「保険会社の基準が絶対!」とせず、裁判の判決・和解の額を認める余地があるのか、つまり元に戻ったのかを確認しましょう。(わかり易くするため、加筆、修正、省略を加えています)
無保険車傷害特約
第8条(損害額の決定)
(1)損害額は、被保険者が第2章(保険金を支払う場合)(1)のいずれかに該当した場合の、次の区分(①~③)ごとの、それぞれ普通保険約款別表3に定める損害額算定基準に従い算出した金額と自賠責保険等によって支払われる金額(注1)のいずれか高い金額の合計額とします。
① 傷害
・・治療が必要と認められる状態であること。
② 後遺障害
・・後遺障害が生じたこと。ただし、同一事故により被保険者が死亡した場合を除きます。
③ 死亡
・・死亡したこと。
多くの方は「無保険車傷害特約の約款が独立した?、だから何?」と思うでしょう。しかし、相談会にやってくる被害者さんで、「相手が任意保険に加入していないので困った・・」は決して少なくない相談なのです。これは私たちのような被害者救済を生業とするものとって座視できない問題なのです。
<無保険車傷害特約をおさらい>
保険に入っていない、保険が足りない、支払い能力のない加害者やひき逃げ等で相手が不明の場合、自ら加入の保険が代わりに支払います。契約自動車に乗っているとき、歩行中や自転車、他の車(任意保険に入っていない)に搭乗中でも適用されます。 契約本人はもちろん同居の親族全員が対象となります。契約自動車に搭乗中の事故であれば他人もOKです。 死亡、後遺障害の場合に限定されます。実額を補償をしますが、限度額は会社によって最高2億円、もしくは無制限です。
損保ジャパン自動車保険、平成26年7月改訂で「無保険車傷害特約」が人身傷害特約の約款から離脱しました。
長らく対人賠償特約に含まれていた(つまり自動担保)「無保険車傷害特約」が、対人賠償の約款から切り離され、人身傷害特約に吸収されたのは2年前のことでした。しかし以前の記事で指摘したように、損保側も自ら矛盾と混乱を理解したのでしょうか・・やはり支払い基準を無理やり人身傷害特約に合わせようと、同じ約款に組み込んだのは失敗だったと思います。
結局、同特約は対人賠償の約款に戻らず、独立した条項になりました。迷走していた「無保険車傷害特約」はついに独立を果たしたのです。
こんな感慨にふけっている行政書士は日本に私だけかもしれません。興味ある方は「そして無保険車傷害特約は吸収された」を読んで下さい(長いシリーズですよ)
まずは証券からそれぞれクリックしてご確認を、
2年前の人身傷害特約への吸収
交通事故による人身被害件数は年々減っていますが、自転車による加害事故はやや増加しています。相談会でもよく相談が寄せられます。相手が自転車の場合、相手に個人賠償責任保険の加入があるかが一番のポイントと思っています。今日は基本事項についておさらいしましょう。
〇 個人賠償責任保険とは、個人が日常生活で他人(第三者)に対してケガをさせたり、モノを壊してしまったりした場合に損害賠償責任が生じた際に適用される保険です。賠償金の交渉については、保険会社による示談代行付きの保険が一般的となりました。
(例)
・ベランダで植木鉢を落として通行人に激突させてしまった場合。
・買い物途中に、誤って商品を落として破壊してしまった場合。
・子どもが遊んでいて誤って友達をケガさせた場合。
・ペットが通行人にケガをさせた場合。
・アパートの水漏れ事故で階下の部屋に損害を与えた場合。
・自転車走行中、人や自転車・自動車に衝突してケガ、損害を与えた場合 等々
★ あくまで、日常生活での事故を対象としているものですので、業務中の事故等は対象外で、例えば、自転車による加害事故でも蕎麦屋の出前中の事故は施設賠償保険の適用とされます。
〇 個人賠償責任保険は、通常、他の保険の特約となっています。
何故なら、単体での販売であると、保険会社が元を取れず採算が合わなくなるからです。掛金は最高1000万円の補償でも年間1200円程度なのです。 ご自身の火災保険、自動車保険、傷害保険等の特約の有無をチェックして下さい。尚、個人賠償責任保険特約付きの自動車保険を解約すると、自動車保険と同時に、個人賠償責任保険もなくなることになります。解約の際には注意が必要です。
〇 ...
なぜ、保険会社は弁護士費用特約(以下、弁特)にあえて細かい条件を付けたり、制限を加えるのでしょうか?
先日の研修会で弁護士先生から様々な情報が上がりました。やはり不道徳な請求が後を絶たないようです。保険会社は単に払い渋りの体質で意地悪をしているわけではありません。私は請求側が「弁特を荒らした」結果と思っています。
シリーズのおまけに研修会で聞いた1例を紹介します。
ある大手法人弁護士事務所に所属のβ先生が物損事故の依頼を担当しました。請求額はわずかな修理費等です。少額の依頼でも弁特がある故、事務所は引き受けたようです。本来、獲得額と弁護士報酬の兼ね合いを考慮し、費用倒れに近い案件は引き受けません。弁特があるから受任しましょう、という姿勢です。
本件の依頼者は熊本県です。そのβ先生は東京事務所に在籍ながら、熊本まで3回飛行機を使って宿泊し、その交通費、宿泊費などの経費及び、成功報酬はタイムチャージ(業務の処理時間で報酬を計算)で請求しました。報酬の総額で獲得額を超えたはずです。もし弁特がなかったら、依頼者はこの無駄使いのような依頼を頼まなかったはずです。
このβ先生、きっと熊本旅行がしたかったのでしょう。本件は典型的な「弁特の濫用」例として、事務所名および弁護士名が損保間で実名でさらされています。現在、その事務所は損保各社から厳しい支払いチェックを受けています。自業自得ですが、その事務所で真面目にやっている弁護士や事務員は気の毒ですね。
弁特は言うまでもなく被害者にとって非常にありがたい補償です。大事にしなければなりません。保険会社の弁特払い渋り、厳格化を責めるより、法律家側の不道徳な請求を問題視すべきです。
現状、弁特の請求に対し特に抵抗なく支払われている事務所と(保険会社側から支払いを少なくするための)弁護士対応とされている事務所に二分しているようです。
私も黒川温泉に行きたいわい!
先日に続き、弁護士費用特約(以下、「弁特」と略)もう一つの追加条項をみてみましょう。東京海上日動さんを例にとりましたが、今後、他社も類似条項を追加すると予想します。
行政書士への報酬は明確に制限
これまで弁護士費用等補償特約(日常生活)で補償していた「行政書士または司法書士による保険会社に提出する損害賠償請求のための書類作成費用」については補償の対象外とし、自動車に関する補償をご契約いただいている場合に限り、自動付帯される法律相談費用補償特約(上限10万円)で補償することとします。
<解説> 行政書士に対して制限が加わると予想したことが現実となりました ⇒ 過去記事
ご存知の取り、弁特は発売後すぐに支払い対象を司法書士、行政書士に拡大しました(国内社に多く、外資・通販の多くは非対象)。しかし代理権を持たない、もしくは制限のある両資格について何をどこまで支払えるか?特に行政書士については、保険会社担当者又はセンター長の裁量により対応・解釈がバラバラでした。これは仕方のないことです。そもそも弁護士・行政書士間の業務範囲そのものに議論があるのです。これでは保険会社も迷いますよね。
以前、損保ジャパンの担当者に行政書士に対する弁特の支払い範囲を訊ねたところ、「法律相談費用(10万円)までは担当者の判断で割と寛容ですが、本費用は要検討でしょうか・・」と歯切れ悪く答えました。特約の明文化を待たず、今までも多くの行政書士が10万円制限を受けていたようです。
対して弁護士の報酬に対しては保険会社と弁護士会が申し合わせをしたLAC基準が存在します。また、LACを通さなくても多くは旧日弁連基準を相場としてきたようです。このような申し合わせを行政書士会から働きかけるのは困難と思います。まず先に業務範囲の線引きを弁護士会としなければなりませんが、そのような積極的な動きは皆無です。やはり交通事故における行政書士のスタンスはその権限からあくまで補助的です。
しかし保険会社の示す制限について私は好意的に受け止めています。なぜなら、先日の「非常識弁護士」以上にめちゃくちゃな報酬請求をしている行政書士の話を多く耳にするからです。報酬自由の原則があるにせよ、自賠責保険の請求書の代書だけで弁護士並の報酬を設定している先生が多いのです。やはり報酬に見合った仕事、依頼者が納得する仕事が求められます。そして「弁特があるから契約を」=依頼者さまはお金がかからないのだからとりあえず契約をしましょう・・このような契約勧誘は不健全ではないでしょうか。
弊所の依頼者さまは弁特加入の有無、さらに弁特からの支払い額如何で依頼を躊躇しません。すべての依頼は病院同行や検査誘致、診断書・画像分析等、専門性を評価いただいた結果です。資格云々を評価しているわけではありません。弁護士事務所からの依頼についても同様で、常に技術的に高度な調査業務が期待されています。そこには弁特の有無など考慮している場合ではない被害者の窮状があるからです。
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今年の秋、10月から各損保会社は自動車保険の約款改定を行います。昨年のノンフリート等級改定に比べれば細かな改定ですが、以前から要望が高かった弁護士費用特約もその対象です。以下、東京海上日動さんの内容を抜粋します。支払い内容についてより具体的な条項が加わった印象です。
弁護士費用等補償特約(日常生活)の改定
弁護士費用を算定する場合において、一般的にはその費用算定の対象に含まれない以下a.b.の額に対する費用は、弁護士費用等補償特約(日常生活)の補償の対象外とします。
a.保険金の受取人が損害賠償請求を行った額のうち、補償を受けられる方の過失により減額された額
b.損害賠償の額のうち、既に保険金の受取人が受領済みの額
<解説>
a.の内容は「依頼者側の過失割合により減額された賠償金分は報酬計算の対象金額ではないですよ」とのことです。報酬とは相手から勝ち取った金額からのボーナスですから、常識的にa.の通りですよね。 また、仮に自身が契約している人身傷害特約に「過失減額された分を請求・補てんしたとしても、この補てん額は弁護士の交渉で獲得した金額ではない」と念を押されそうです。
b.の内容は、「依頼者側がすでに相手の保険会社から受け取ったお金や、自身が加入している人身傷害特約から受け取った保険金は報酬計算の対象から引いて下さい」との意味です。これらは弁護士の介入に関わらず支払いが受けられたお金なので、弁護士の仕事の成果ではなく当然に差し引くことになります。
相変わらずJAさんの認定はキビシイです。誰が見てもおかしな判定を異議申立で正しました。
【事案】
歩行中、後方よりの自動車に撥ねられ、頭部と首を受傷。数日後、慢性硬膜下血腫を併発、またCT検査で頚骨の椎弓骨折が判明。幸い予後の経過よく、手にしびれを残すも仕事・日常生活に復帰する。
【問題点】
相談のきっかけは相手保険会社であるJAから140万円ほどの示談金提示があり、「この数字で示談して良いのか?」見て欲しいとのこと。後遺障害等級は14級9号。ケガの重篤度と残存する症状から、「これはないな」と直感。
【立証ポイント】
椎弓骨折と頭部の内出血、つまり器質的損傷がある上、しびれなど自覚症状も重篤であること。これでなぜ12級とならないのか憤慨。早速、主治医と面談、再検査等を踏まえ、周到に医証を収集し異議申立。依頼者さんは穏やかな人柄で、「14級でもいいですけど・・」と謙虚。しかしあるべき結果、12級13号の認定に変更させる。
続いて連携弁護士に引き継いだ。しかし弁護士の請求額とJAの回答は桁が違うほど相容れない。したがって紛争センターにて逸失利益の赤本満額獲得を争点に戦う。弁護士は秋葉から引き継いだ「異議申立で明らかとなった障害の原因、経過、程度」を理路整然と主張。画像所見を突きつけ、JAの見解、JA顧問医の意見書を一蹴。このように医学的考察を踏まえた交渉を続けた結果、見事、満額の慰謝料はもちろん、67歳まで満額の逸失利益を勝ち取る。金額は1500万を超えた。最初の140万提示はなんだったのか。
後遺障害等級を軽く判断されたら大変なのです。そして後遺障害に精通した弁護士が妥協なき交渉をしなければ、なめた金額で示談させられる現実があります。
骨折箇所が多く、それぞれ等級が付いても、併合のルールでそれほど等級が上がらないことがあります。14級はいくら認定されても14級まで。12級以上が複数認定されても上位等級に一つあがるだけ。8級が二つ以上なければ2等級上位併合しません。1~2か所の受傷で9級認定された被害者に比べ、3つ以上のケガで等級が付いたものの同じ9級止まりの被害者はそれなり苦痛も多く、同じ等級でも公平に思えないことがあります。これは後の損害賠償で弁護士が等級以上の苦痛の程度を主張することになります。
【事案】
バイクで直進中、交差点で左方より一時停止無視の自動車と衝突、左橈骨遠位端骨折、左尺骨開放骨折、肩甲骨骨折、第一胸椎横突起骨折、右腓骨外顆骨折、第7頚椎骨折、肋骨骨折、鼻骨骨折となる。骨折箇所の多さでは過去1、2位の多さ。
【問題点】
骨癒合は概ね良好ながら、ここまで折れると体幹バランスの異常、様々な神経症状が残存する。具体的にはめまいやふらつき、体幹の傾斜、頭痛、軽度の顔面神経麻痺と嗅覚障害もあるよう。これらを評価する等級は12級13号が限度、さらに本人の生活上の問題から早期に症状固定し、職務復帰を急ぐことになった。
【立証ポイント】
可動域制限を正確に計測するのみ。まず手首10級+肩関節12級で上肢は9級を確保。嗅覚について、専門医の診断では事故との因果関係に疑問はあったが、これだけのケガなので14級の認定は得た。その他の部位について、可動域は正常値レベルに回復、さらに癒合良好のため神経症状も12級に届かず。このように上肢以外は14級のオンパレード、あと一つ上位併合させることができなかった。しかし本人が解決を急ぐため、即弁護士に引き継いだ。
私としては回復も認定等級も中途半端な印象が残った案件であった。
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<Bパターン> 中居さんの説明を聞いても「断じて保険は使わない」「草薙さんと示談しない」「念書も交わさない」と稲垣さんがすべて拒んだら・・・駄々っ子のように手に負えません。もう裁判か調停するしかありません。草薙さんから委任を受けた香取弁護士は最後まで責任を全うします。つまり訴訟に進めました。
この場合、修理費30万の請求ですので、手続きが簡単で即日判決、便利な「少額訴訟」を行います。
少額訴訟について (裁判所のパンフレットから抜粋)• 1回の期日で審理を終えて判決をすることを原則とする,特別な訴訟手続です。 • 60万円以下の金銭の支払を求める場合に限り,利用することができます。 • 原告の言い分が認められる場合でも,分割払,支払猶予,遅延損害金免除の判決がされることがあります。 • 訴訟の途中で話合いにより解決することもできます(これを「和解」といいます。)。 • 判決書又は和解の内容が記載された和解調書に基づき,強制執行を申し立てることができます(少額訴訟の判決や和解調書等については,判決等をした簡易裁判所においても金銭債権(給料,預金等)に対する強制執行(少額訴訟債権執行)を申し立てることができます。)。 • 少額訴訟判決に対する不服申立ては,異議の申立てに限られます(控訴はできません。)。
民事訴訟のうち,60万円以下の金銭の支払を求める訴えについて,原則として1回の審理で紛争解決を図る手続です。即時解決を目指すため,証拠書類や証人は,審理の日にその場ですぐに調べることができるものに限られます。法廷では,基本的には,裁判官と共に丸いテーブル(ラウンドテーブル)に着席する形式で,審理が進められます。
香取先生はこの制度を利用、即日、判決書をゲットしました。ちなみに稲垣さんは欠席しました。
続いて香取先生はその判決書を東京ダイレクト損保 中居氏に提出し、あらためて「直接請求権」を行使しました。約款上、中居さんは速やかに判決書通りの金額を支払いました。このように直接請求権のおかげで回収が確保されたのです。裁判に勝っても相手が逃げて行方をくらまし、さらに強制執行をかける財産がなければ、結局、取りっぱぐれとなってしまいます。
最後まで稲垣さんは逃げ続けましたが、こうして稲垣さんの意思に関わらず保険は使用され、来年の掛金はUPしました。ちなみに東京ダイレクト損保にとっても面倒な契約者となった稲垣さん、来年の更新は稲垣さんが拒む以前に東京ダイレクトから更新謝絶と予想します。 最後に
問題の本質は「来年の掛金が上がるから保険を使いたくない」身勝手な加害者の存在です。昨年秋からの改定でノンフリート等級(無事故割引)が変更され、デメリット等級(前年事故の等級)の掛金が半端なく上がるようになりました。したがって今シリーズのような事例は多くなるかもしれません。 「直接請求権」、被害者はもちろん、交通事故に関わる業者は知らなければならない約款条項です。
お待たせしました。直接請求権の行使によって、事例の草薙さんと香取先生は修理費の支払いを受けることができたのでしょうか?多くは以下Aパターンで解決します。
<Aパターン>
香取弁護士:「私どもは東京ダイレクトさんに直接請求を行います。約款〇ページに書いてありますよね?」
東京ダイレクト損保 担当 中居氏:「(うっ、そうきたか・・)わかりました。しかし約款上、裁判や調停での結果が必要です。もしくは弊社契約者である稲垣さんと草薙さんの間で示談が成立するか、草薙さん側が稲垣さんへ請求をしない旨の念書の作成が必要です。」
香取先生:「当人同士の示談は無理でしょう。また、草薙さんは稲垣さんへ修理費を請求するつもりはありません。したがって念書はいつでも差し出しますよ。ここまで来たら中居さん、稲垣さんを説得してくださいよ。でないと進まないでしょ? 稲垣さんが拒否したら仕方ないですが法的手段、つまり裁判をしますよ。」
中居氏:「わかりました、稲垣さんと相談します。」
こうなると、東京ダイレクトの中居さんは稲垣さんを説得するようになります。
中居氏:「相手は弁護士をいれてきました。本気のようです。ただし稲垣さんへは直接請求しないことの念書を草薙さんから取れば保険で払えますよ。もっとも念書などなくても稲垣さんが保険を使うと一言いえば、弊社は交渉と支払いに進めますけど・・」
直接請求ができることと、保険会社がすんなり支払ってくれることはイコールではありません。
約款の(2)を解説します。事例に乗っ取り、一つ一つ確認していきましょう。
(2)当会社は、次の①から④までのいずれかに該当する場合に、損害賠償請求権者に対して(3)に定める損害賠償額を支払います。 ただし、1回の対物事故につき当会社がこの対物賠償責任条項および基本条項に従い被保険者に対して支払うベき保険金の額(同一事故につき既に支払った保険金または損害賠償額がある場合は、その全額を差し引いた額)を限度とします。
「直接請求されたと言っても、支払いには条件があります」とのことです。以下の①~④のどれかが条件です。「ただし」以下の後段の意味は「正当な金額までですよ」です。
事例で説明します。香取弁護士に修理費の見積もりを突きつけられた東京ダイレクト損保の中居氏、仕方なく事故対応に応じました。しかし約款上①~④のいずれかに該当しなければ払わないと応答してきました。 ① 保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、判決が確定した場合または裁判上の和解もしくは調停が成立した場合
東京ダイレクト損保は「稲垣さんと草薙さん(代理人 香取弁護士も含む)との間で裁判をしていただき、判決か和解、もしくは簡易裁判所での調停が成立したなら払います。」との意味です。なんだ結局、裁判が必要なの?と思いますが、この条文で保険会社への回収の見通しがつくことになります。
② 被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、書面による合意が成立した場合
「稲垣さんと草薙さんの間で示談が成立した場合、支払います。」との意味です。かなり可能性の低い条件です。そもそも事故状況が食い違い、稲垣さんが逃げに回っている事件です。
③ 損害賠償請求権者が被保険者に対する損害賠償請求権を行使しないことを被保険者に対して書面で承諾した場合
草薙さんが稲垣さんに対して「僕は稲垣さんに一切修理費を請求しません。」と念書を交わすことです。しかし本件のもっとも深い部分、ここでは稲垣さんの意図ですが、本当は自分に責任があると感じながら ⇒ 来年の保険の掛け金が上がるのが嫌 ⇒ 保険を使わないで逃げ切ろう、ではないでしょうか。するとこの念書のやり取りに発展するのかは微妙です。
④ 法律上の損害賠償責任を負担すべきすべての被保険者について、次のア.またはイ.のいずれかに該当する事由があった場合
ア.被保険者またはその法定相続人の破産または生死不明
イ.被保険者が死亡し、かつ、その法定相続人がいないこと。
つまり加害者、ここではア:稲垣さん破産で支払い能力0となった、イ:稲垣さんが死んでしまった・・仕方ないので東京ダイレクトが草薙さんの修理費を支払います。との意味です。この条件は保険会社の社会的役割の美徳ですね。
明日は最終回、事例の解決を見届けましょう。草薙さんは修理費を得ることができたのか?