脳が収まった頭蓋骨と顔面部の境に薄い骨があります。下図の赤い線の部分です。この頭蓋底骨は、頭部への強い衝撃で穴が開く(多くはひびが入る、亀裂骨折)ことがあります。ビール瓶で殴っても折れる可能性があるようです。
頭蓋骨の底面である頭蓋底は、ちょうど眼の下に位置して、でこぼこで厚さの違う骨で構成され、 多くの孔が開き、視神経、嗅神経、聴神経、血管が走行している複雑な構造となっています。 したがって、この骨折によって、これらの神経の損傷が併発することがあります。
交通事故受傷後のめまい、失調、平衡機能障害、眼では、視力や調整力の低下などの症状ですが、 傷病名が頚椎捻挫であれば、バレ・リュー症候群として、つまり、頚部神経症状として後遺障害が審査されます。先の諸症状を訴えても、多くは、14級9号が限界となります。視覚、嗅覚、聴覚の障害が交通事故の後遺障害として審査されるには器質的損傷、つまり、骨折があることを立証しなければなりません。ここで発生する最大の問題点が、頭蓋底骨折の見落としです。
交通事故では、眉部の打撲、耳介後部の打撲などで、頭蓋底骨折が発生するのですが、XP(レントゲン)では、ほとんど確認できず、CTでも骨折部の発見が簡単ではありません。多くは、髄液漏から頭蓋底骨折と診断されているのが現実です。髄液漏とは、頭蓋底骨折により、脳脊髄液が漏れ出してくる状態で、 耳からでは髄液耳漏、鼻から漏れ出せば髄液鼻漏と呼ばれています。 髄液が流出する代わりに、空気が頭蓋内に入ると、傷病名は気脳症となり、 CT撮影で気脳症の所見があれば、ようやく頭蓋底骨折が診断されます。
頭蓋底骨折では、入院下で安静が指示され、髄膜炎に対する抗生物質の点滴注射、脳神経障害を抑えるため、ステロイド薬の投与が行われ、骨癒合による漏孔の自然閉鎖を待ちます。 外傷性髄液漏の50~80%は、3週間以内に自然に止まると言われています。
(日本のガイドラインでは、2~3週間の絶対安静を行っても髄液漏が止まらないとき、髄液漏が再発したとき、髄液漏が遅れて発症したときを手術適応の基準としており、 開頭硬膜形成術、断裂した硬膜の縫合閉鎖が実施されています。)
診断の場面では・・
救急搬送先が整形外科であれば、この傷病名の診断は絶望的です。多くの場合、デコボコで厚みの薄い骨にわずかにひびが入ったに過ぎません。髄液漏も、大半は事故現場、鼻や耳からサラサラした水が流れ出てきた状況で、その後に漏出し続けることは稀です。軽度の頭蓋底骨折では、意識障害を伴うことも少なく、骨折痕は2、3カ月も経過すれば閉鎖され、CTやMRIでの確認も不可能となってしまいます。つまり、後遺障害の立証は手遅れです。
立証に向けて・・
事故後に、めまい、失調、平衡機能障害、視力低下、調節障害、難聴、耳鳴り、 嗅覚や味覚の脱失症状が見られるときは、被害者やその家族が、頭蓋底骨折を疑わなければなりません。その立証は、受傷から2、3カ月以内に、CT、3DCTによる眼窩部のターゲット撮影が必須です。頭蓋底骨折が立証されていれば、諸症状は3~14級の6段階で正当に評価されることになります。
もっとも、軽微な追突で、頭部への衝撃が低い場合、後に画像で骨折が判明しても、事故との因果関係を疑われます。また、事故後に相撲をとるなど、激しい運動が可能であれば、やはり、諸症状との因果関係も疑われるでしょう。
重傷ながら、見逃されやすい骨折の一つです。とくに、髄液漏を見逃さず、早めの対策が必要です。