肺脂肪塞栓(はいしぼうそくせん)
(1)病態
骨折の合併症の中で、最も重篤なものです。骨折により損傷した骨髄中の脂肪滴が、破綻静脈内に入り、脂肪滴が静脈を通じて大量に全身に循環した結果、肺や脳などに脂肪による塞栓が生じると、重篤な呼吸・神経麻痺を起こします。
多発外傷>骨盤骨折>大腿骨骨折>脛骨骨折の順で発症の可能性が高く、上腕骨骨折、頭蓋骨々折、胸骨々折や肋骨々折では、まったくと言っていいほど報告がありません。骨折と脂肪塞栓の因果関係について、外傷後の骨折の結果、体内の脂肪代謝が変化し脂肪塞栓を引き起こしているのではないか? そんな学説もあり、現在も、原因は特定されていません
(2)症状
通常は受傷後、12~48時間の潜伏期を経て発症、多くは発熱、頻脈、発汗が初症状で、過半数の症例に前胸部や結膜に点状出血=赤いポツポツが見られます。肺に塞栓が生じたときは、胸痛、頻呼吸、呼吸困難の症状を訴え、低酸素脳症に発展したときは、意識障害を起こします。詰まった脂肪が大きく、太い血管に詰まったときは、ショック状態で死に至ります。
余談ですが、歌手のフランク永井さんは交通事故ではありませんが、この低酸素脳症で歌手復帰ができないまま、お亡くなりになりました。呼吸症状のために急速なヘモグロビンの低下を招き、動脈血ガス分析=動脈中の二酸化炭素や酸素量を調べる検査では、70㎜Hg以下の低酸素血症を示します。
肺に塞栓が認められるケースでは、肺のXPで、両肺野に特有の snow storm =吹雪様の陰影が見られ、脳内に塞栓が生じたときは、MRIで、急性期には点状出血に一致してT2強調で白質に散在する高信号域の小病巣がみられます。
(3)治療
突然の胸痛や呼吸困難では、まず心電図と胸部X線検査、血液検査が行われます。次に、血液ガス分析で低酸素、心臓超音波検査で右心不全を認めれば本症が疑われ、造影CTによって、肺動脈内の塞栓を確認すれば、確定診断となります。確立した治療法はなく、呼吸循環管理などの対処療法が主体で、ステロイド(※)の大量投与が行われています。
※ ステロイド
ステロイドとは、両方の腎臓の上端にある副腎から作られる副腎皮質ホルモンの1つです。ステロイドホルモンを投与すると、体内の炎症を抑えたり、体の免疫力を抑制したりする作用があり、さまざまな疾患の治療に使われています。肺脂肪塞栓では、ステロイドの大量投与により、肺毛細血管塞栓により生じた浮腫を改善すること、細胞障害を阻止し、栓子の融解による局所の炎症を阻止することで肺血流を改善させる効果が報告されています。
※ ステロイドの副作用=ステロイド離脱症候群
ステロイドホルモンは、2.5~5mg程度が生理的に分泌されていますが、それ以上の量を長期に内服したときは、副腎皮質からのステロイドホルモンが分泌されなくなります。急にステロイド薬の内服を停止すると、体内のステロイドホルモンが不足し、倦怠感、吐き気、頭痛、血圧低下などを発症することが報告されています。
つづく ⇒ 肺脂肪塞栓(3)後遺障害