(5)医学論文から実例
 
 ネット上の論文では、開胸・回復術と腹腔鏡術の2例が紹介されています。
 
① 73歳、女性、バイクを運転、右折の際、直進の乗用車と衝突、左半身を強打、7m飛ばされる、
 
⇒救急車にて当院に搬送⇒XP、CTで、外傷性横隔膜破裂、骨盤骨折、大腿骨々幹部骨折、多発肋骨々折、肩甲骨々折、腓骨々折、足関節骨折と診断

⇒出血性ショックを伴い、人工呼吸器管理下に迅速輸血を行い、緊急血管造影検査を施行

⇒両側内腸骨動脈の数箇所の側枝や両側の第5腰動脈に造影剤の漏出を認め、スポンゼル細片を注入し塞栓止血術を施行

⇒左外傷性横隔膜破裂に対し全身麻酔下、開胸・開腹で緊急手術を施行⇒胃底部前壁と大網組織の一部が胸腔内へ脱出し、心膜底部が一部損傷し、横隔膜の腱中心から食道裂孔に至る約10cmの裂創と無気肺を認める、

⇒滑脱臓器を用手的に腹腔内へ戻し、横隔膜損傷部は縫合閉鎖し、心膜損傷部も縫合閉鎖⇒術後4日で人工呼吸器より離脱、術後9日目に一般病棟に移る、

⇒整形外科で、16日目に左大腿骨々幹部骨折、左足関節、左鎖骨々折に対し、観血的骨接合術を施行、

⇒骨盤骨折、肩甲骨々折に対しては保存療法を行い経過良好、⇒受傷から72日目に退院となった。
  
② 70歳、女性、シートベルト着用下での正面衝突事故、
 
⇒ドクターヘリで救急搬送、

⇒前胸部痛、軽度の呼吸困難を認め、CTで左外傷性横隔膜破裂と診断し緊急腹腔鏡下手術を施行、

⇒腹腔鏡下観察において他臓器損傷はなく、横隔膜腱性部が横方向に5cm裂け、同部位より胃・大網が左胸腔内に脱出、

⇒脱出臓器を腹腔内に還納、横隔膜破裂部を結節縫合し修復、

⇒術後8日目、合併症なく軽快退院する。
  
(6)交通事故110番の経験則

① 交通事故110番・宮尾氏が経験した被害者は、大阪市大正区に居住する53歳女性で、軽四輪貨物の助手席に同乗中、助手席側に2トンとラックの側面衝突を受けたもので、外傷性横隔膜破裂、脾臓破裂、肝出血、左恥骨および坐骨骨折、左大腿骨頚部内側骨折の重傷事案でした。

 外傷性横隔膜破裂は、開胸術により縫合閉鎖が、脾臓は摘出、左恥坐骨の骨折は保存的に、左大腿骨頚部骨折はスクリュー固定が実施されました。受傷から8カ月目に症状固定、脾臓の亡失で13級11号、左股関節の機能障害で12級7号、併合11級が認定されましたが、横隔膜破裂は、障害を残すことなく治癒しています。
 
② もう1例の経験は、上位頚髄損傷による横隔神経の切断です。

 60歳男性ですが、原付を運転、勤務先より自宅に戻る途中、軽四輪トラックの追突を受けて反対車線に転倒、おりから反対車線を進行中の2トントラックにもはね飛ばされたのです。主たる傷病名は上位頚髄C2/3の横断型損傷でした。

 脊髄損傷ですから、四肢体幹麻痺であり、手足はピクリとも動きません。横隔神経を支配しているC3神経が切断されており、横隔膜を動かすことができません。つまり、自力で肺呼吸ができない、音声でコミュニケーションができない状態となったのです。その日から、人工呼吸器=レスピレーターに依存する生活となりました。
 
 私(宮尾氏)が担当した交通事故で、最もお気の毒で、悲惨な被害者でした。ご本人の強い希望があり、奥様は、受傷から1カ月で退院、自宅における介護を決断されました。
 
・最小限の自宅の改造、
 
・据え置き型レスピレーターの設置、
 
・地元医師会を通じて、往診治療の要請、
 
 全てが未知の領域でしたが、なんとか、態勢を整えました。
 
 ところが、自宅介護から4カ月、循環不全、緑膿菌による肺炎の合併により、逝去されました。
 
※横隔膜ペーシング

 東野圭吾の小説、『人魚の眠る家』は、6歳になる少女がプールで溺れ、脳死状態となり、脳死判定と臓器提供をテーマとする問題作ですが、その少女は、最新式の横隔膜ペーシングを装着、人工呼吸器から解放され気管切開を閉じて、自宅で生活するようになります。
 
 2014年1月9日、湘南藤沢徳洲会病院は、国内で初めてALS=筋萎縮性側索硬化症の患者さんに横隔膜ペーシングの植え込み手術を実施しています。

 横隔膜ペーシングは、呼吸のタイミングに合わせ、神経や筋肉に電気による刺激を与え、人工的に横隔膜を動かす装置で、これにより、患者は、人工呼吸器を外し、気管切開を閉じて退院、自由に喋ることができて、その上、自宅での生活ができることになります。オペは、腹腔鏡下で実施され、横隔膜に左右2本ずつ電極を植え込んだ後、リード線を腹腔外に出してペースメーカーに接続して完了です。

 外部制御装置は、上記の大きさであり、カバンに入れて持ち運ぶことができる画期的なものです。もちろん、自発呼吸のできない上位頚髄損傷の被害者にも適用できるものです。

 レスピレーターに頼る被害者にとっては、福音をもたらすものですが、費用はアメリカFDAによれば、10万ドル、日本円で1100~1300万円です。健保の適用はありませんので、支払を負担する損保にとって、悩み深い問題です。
 
 次回 ⇒ 心膜損傷、心膜炎