ここも2度ほど逗留しています。レトロ温泉ファンにはおなじみ、山形県最古の温泉建築です。陸羽東線で宮城方面から鳴子温泉を経由で、あるいは山形・新庄からでも向かえます。とにかく泊まってみることです。廊下、壁、床、天井、職人の遊び心か凝った内装、建具、謎のオブジェの数々・・思わず溜息がもれます。↓ ローマ風呂も、毎度独泉です。
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例年7月20日から24日に行われる「恐山大祭」と、10月上旬の連休に行われる「恐山秋詣り」には、イタコと呼ばれる巫女が死者の御霊を呼んでくれるとあって、多くの人達が列をなし、あの世からのメッセージを聞きに恐山に集まります。
洋の東西を問わず、降霊術はみられます。とくにモンゴロイドの間では、交霊の媒体となるシャーマンの存在が、世界各地の文化圏に類似しています。南米インディオでも、踊り狂ってトランス状態となった巫女が死者を降ろして吉兆を占うそうです。沖縄(ユタ)や東南アジアでも似たような風習があるようです。イタコの存在はもちろん知っておりますが、今回、詳しいことを寺社内で初めて聞く事ができました。
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長きに渡り、北海道など認識の範疇になかった日本人にとって、地の果ては青森県の下北半島でした。その半島にある日本三大霊園と言えば恐山です。ここはこの世の果て、「人は死ぬと山(恐山)に行く」と信じられてきました。長年、訪問を期しておりましたが、ついにこの夏、参拝を果たしました。
恐山菩提寺の創建は862年。慈覚大師円仁が夢のお告げに導かれ、諸国に教えを説いた旅の果てに、開山したと伝えられています。境内を外れると硫黄が沸き立つ岩山に経路が設けられ、有名な賽の河原があります。生花が持たない環境ゆえ、代わりに風車がそえられています。カラカラと回る風車が物悲しい雰囲気を象徴しています。
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昨年秋の瀬美温泉での熊被害からまだ日も浅く、周辺の温泉宿は風評被害が残っているようです。連休だと言うのに、宿の予約は余裕です。日帰り客も少なく思いました。空いているのでねらい目か、それともリスクある逗留か・・。
ブナ琳の山すそを抜けると夏油温泉に到着します。前回は岩手の病院同行の帰りに寄りましたが、それ以来5年ぶりです。
やはり、空いていた。しかし、宿の方によると、ブナの実の不作が続いて熊が里へ下りてしまったのか、この周辺で見かけなくなったそうです。確かに、ここは瀬美温泉から標高がかなり高い場所です。
テレビ番組「秘湯ロマン」でも応援のためか、ここ数か月、夏油温泉、滑川温泉と熊絡みの温泉の取材・放送が続いています。空いていることはありがたいのですが、熊被害のせいで宿の経営が圧迫される・・それはそれで困るものです。
初めて入湯したのは2006年の12月ですから、もう20年近く経ちます。写真の通り、宿泊棟が半壊したまま、日帰り入浴のみで続けていた那須の一軒宿です。2019年に閉鎖、廃湯されたそうです。
入口を開けると老主人が受付をしています。数百円払って入湯します。物珍しさからくる遠客もいますが、地元の方が多い印象でした。写真の通り痛んでも改修する費用に窮しているのでしょう。そして、後継者問題も・・。まるで滅びゆく運命を受け入れているかのようです。
老松温泉は有名な鹿の湯から直線で600mほどの距離です。同じ硫黄泉である鹿の湯は2.5phの酸性ですが、老松温泉は6.1phの中性です。2.5phは飲めませんが、ここは飲泉もできるのです。わずか600mでこうも泉質が違うのです。胃腸に良いらしく、ペットボトル持参で湯を持ち帰る人もいました。 こうして、伝統ある温泉宿が次々と失われていく・・早めに行っておかなければならないのです。

群馬の温泉は、草津はじめ電車の駅から離れているところが多いものです。それでも東京から新幹線で50分、上毛高原駅まで行けば、バスで方々へ向かうことができます。駅構内の ↑ 写真のオブジェが有名、びっくりさせられます。榛名山などロッククラインミグの名所もあり、その出発駅ならではと思います。
八ッ場ダム、かつてダム建設の是非を巡って長く政治的論争となっていましたが、結局ダムは2020年に完成しました。
湖底に沈んだ温泉街、民宿 雷五郎に宿泊したことがあります。畑の番をしている柴犬の野生感がすさまじく(鹿や猪が畑を荒らすので、夜間は畑の番をしています)、じゃれつくと言うより強烈な体当たりを受けました(血が出たじゃないか)。また、川原湯温泉のシンボルである王湯、聖天様露天など、温泉の思い出は尽きません。温泉街はそっくり高台に移動、いくつかの旅館は再建しましたが、残念ながら数軒は湖底に沈んだままです。
さて今年、草津の帰りに再建された王湯に寄りました。かつての王湯は吾妻川の斜面にかかり、薄暗い階段の底に湯舟があったと記憶しています。共同湯らしく注意書きの張り紙が多った。そして、現在の王湯は小奇麗な外観通り、細部に近代化がみられ秘湯感は薄れました。高台のおかげで露天風呂からダム湖を眼下に見下ろせます。真夏でも涼やかな湖面の風を感じることできそうです。2階の休憩室は畳敷きのただっ広い空間で、皆ごろ寝しています。
湖底に沈んだ温泉と高台に移動した新温泉、河原湯温泉の双方を体験できて良かったと思います。
できれば1週間もおこもりで湯治したいところですが、実際はノートパソコンを持ち込んで、こたつでせっせと仕事です。
飯坂温泉は、新幹線で東京から福島まで1時間半、飯坂線に乗り換え23分で飯坂温泉駅に到着します。宿までは歩いて5分です。距離に比してアクセスは良いと言えます。 ↓ 温泉街のシンボル、鯖湖湯です。夜景の美しさに息を飲みます。

飯坂温泉は熱い湯で有名です。鯖湖湯、この日は47~48°、10秒浸かるのがやっとです。「今日は熱ちぃな」と、さすがの地元民もやせ我慢が続かず、水で薄めて45°位に下げました。45°なら余裕です。だいぶ温感がバグってきました。
成分を薄めたくない一心で熱い湯につかる地元民 vs 適温でリラックスしたい観光客、各地の温泉共通のせめぎ合いも温泉文化と思う次第です。
宿泊は鯖湖湯の隣、明治初期に建築のほりえ屋旅館です。木造3階建、東日本大震災にも耐えた、飯坂温泉で最も風情のある宿と思います。1日6部屋限定の家族経営で、ご家族とも何度も廊下ですれ違い、まるで一緒に住んでいる感覚です。増築と修復を重ねたせいか、館内は微妙な段差が多く、空間認識能力が麻痺させられます。
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万座はスキーと温泉の天国です。草津から自動車で30分ほど白根山を登りますが、最近は硫化水素ガスで通行禁止と聞きました。今まで3度ほど自動車で行きましたが、今回は軽井沢からのバスで向かいました。連休の喧騒は草津まで、万座はわりと空いています。いつも裏切ることのない、濃厚な硫黄泉に体を沈めました。1800mの標高ですから、季節は秋が終わろうとしています。
バスターミナルから宿まで、てくてく上り坂を歩いて20分、外気は十分に冷たいものですが、Tシャツにうすら汗が染みだします。宿からの眺望(↓)はこの通り、秋の高原です。
ところが夜に急に冷え込み、翌朝、窓の障子を開けると・・
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ガソリン臭にやや硫黄臭を帯びたヌルヌル泉、メタケイ酸による浴感はしっとりまろやか。
山形県の新庄駅から車で30分、穏やかな山里に3軒の宿が連なる羽根沢温泉にちょっと1泊しました。観光地と呼ぶには程遠い、温泉の為の温泉地でした。
お湯は評判通り、油好きにはたまらない臭いと浴感です。現在はマニアックな温泉地ですが、大正8年に油田採掘の為に発見された温泉として、名を馳せたそうです。かつて、団体客が押し寄せた旅館は広々としていますが、この日の泊り客は数組、夜の旅館内は寂しい雰囲気になります。古い温泉旅館の多くは、おそらく7割は未使用の部屋、物置と化した大広間(宴会場)が残っているのです。
長野県へは新幹線が便利です。かつては、夜行バスで一晩かけてスキー場へ行く事になりましたが、新幹線+バスで3時間もあれば、山奥でない限りOkです。
今回は、未湯であった戸倉上山田温泉を探索しました。温泉街は千曲川を挟んで西側です。老舗旅館から近代的なホテルが並びます。駅寄りの東側にも温泉が点在しています。こちらは公共施設やスーパー銭湯の構えで、住宅地に4軒ほどありました。今回は、両側から3軒を選びました。

温泉宿を選ぶ際、その温泉地のシンボルとも言うべき古い老舗宿を優先しています。近代的な鉄筋コンクリートに再建された宿はひとまずパス、やはり江戸~昭和初期に建立された黒光りする木造建築こそ、急ぎ泊っておかなければなりません。 それらの歴史的建造物と言える宿は、いつ失われるかわかりません。理由として、宿の後継者問題が真っ先に挙がります。多くは、高齢のご夫婦がやっとのことで管理しています。いつまで存続するのかわかりません。当然ながら、修繕なども行き届きません。実際、朽ち果てて倒壊してしまった那須の宿、火災で失われた福島の宿もありました。残念ながら、ほとんどは再建されません。泊っておいてよかったと思います。
古い建造物こそ管理が大変で、その費用も膨大です。ある山形の宿は、雪下ろしで毎年100万円の経費と人力が必要です。運営・存続には村人全員の協力が欠かせないのです。そして、何より後継者がいない。幸いにして、常連客が交代で管理している宿が会津に存在します。このような例外を除き、多くは時代と共に消えゆく運命なのです。したがって、世界中のどこでも古宿を優先することになります。
素晴らしいのは外観だけではありません。増築を重ねた為に迷路のように上下左右に廊下が屈曲、あらゆる宿泊客を迷わすダンジョンと化しています。年期で磨かれた黒光りする板壁、不自然に傾斜している床や畳、なんでそこまで凝っているのか天井の意匠、職人の遊び心からか趣向を凝らした建具、今では使われなくなった木枠の窓(開け閉めがキツキツで大変)、いつの時代の物か?多種多様な置物にも一々怨念がこもっているようです。湯屋の造りでも、現代では再現不能なヒノキ造りや、謎のローマ風モザイクタイル、そして、この子は何代目か?代々続く猫・・これら言い尽くせないミステリーとサスペンス、そして、重厚な歴史とロマンを体感するには泊るしかないのです。
一方で、宿泊施設としては行き届かない点もあります。家族経営かつご近所さんのお手伝いだけでは、建物全体に掃除が行き届くことは稀です。人手が決定的に足りず、サービス面での不全は致し方ないところです。対策として、海外からのアルバイトさんを住み込みで勤務させている宿も増えました(いつか、私も住み込みで勤務したいものです)。このような古い宿を選ぶお客さんは、ある程度の覚悟をしているようです。逆に、清潔度、接客含めサービスの充実を求める方は避けると思います。まさに、客を選ぶ宿とも言えます。
行き届かないことの中でも、とりわけ問題視される事・・ノックも無しに仲居さんが部屋に入ってくることです。家族経営の民宿でさえ、ドアの前でノックか、「お湯を持ってきました」など声をかけて、こちらの返事を待ってからドアを開けるものです。何より、適度に放っておかれることが有難いのです。ところが、老舗宿の仲居さんにこそ、接客業の基本教育がなかったでは済まされない、人間性を疑う人が存在したものです。
バックパッカーをしていた秋葉は、海外ではドミトリー(集団の相部屋、鍵などなく出入り自由)に泊ることが多かったので、たいていの事は気になりません。些細なマナー違反など、一々気にしてはいませんが・・ある宿では、朝7:00にお茶の交換を日課としているのは分かりますが、寝ているのに勝手に入室して(ノック・声掛けなどなし)、茶器をカチャカチャ片付ける音で起こされました。眠い目をこすると、枕元に仲居さんです。朝食まで、まだ1時間はあります。幸せな二度寝中を叩き起こされるとなると・・さすがにイラっとします。接客教育などされていない昭和、いえ鍵のない相部屋が普通だった江戸時代から変わらぬ姿勢なのかもしれません。
また、山形のある宿では、男性の仲居さんが浴衣の代えを持ってきてくれたのは良いのですが、(ドア前にスリッパがあるので、在室はわかると思いますが)いきなりガチャガチャと鍵を解除しての入室です。こちらが、入室許可を返事する前に入ってきました。おそらく、昼間の不在中に浴衣を補充しようとして、鍵を持っていたのだと思います。急いでいるのでしょうが、私が女性でしたら犯罪成立です。近年は男女の差はありませんが・・。
おばあちゃんだから、悪気はないから、昔の風習のままだから、これらを「仕方ない」とは言えないと思います。あるボロ宿(失礼)の90歳現役の仲居さんは、普通に許可を求めてから入室します。返事がないと、ドアの前にそっと備品を置いてくれます。やはり、その仲居さんの人間性の問題です。許可なく入ってくる仲居さんは、思いやりやマナーのない、ダメな人なのだと思います。そして、やっとのことで経営してる古宿は、接客面について改善する気など、さらさらないと思います。
いくつかのデメリットを覚悟しつつも、貴重な歴史的構造物への逗留は捨てがたいものです。日本に限らず、どこでも常に、古い宿を目指してしまうのです。
↑ 写真は、栃木にある安政(江戸時代)に建てられた宿の廊下と階段。廊下は狭く迷路のよう、天井も低いのです。外国人は頭を何度もぶつけます。(上記とは無関係の宿です)
久々に大阪行きです。お盆休みにかかる日程で余裕がありましたので、関西の湯を攻めておこうと・・しかし、寄り道と言うには、ちょっと遠い和歌山に。ここには必湯、世界遺産の地にある「つぼ湯」があるからです。
新大阪から特急くろしお号に乗って2時間で紀伊田辺駅に、そこから路線バスでさらに2時間ほどで熊野大社本宮につきます。軽く詣でて、大日越の峠を越えて湯の峰温泉へ。小1時間のプチ熊野古道の体験です。ズボンからも滴るほどの汗をかきかき、その到着地こそ「つぼ湯」でした。

目当てのつぼ湯ですが、川岸にあるがゆえ、前日の雨による増水で閉鎖中でした。明日の早朝を狙おうと考え、食堂で鮎の塩焼きをほおばりビールで流し込んだ後、明日の開始時間の確認でつぼ湯の窓口に声を掛けました。すると、ちょうど再開したそうで、なんとその日の1番で入浴が叶いました。お盆で激混みを覚悟していましたが、ラッキーでした。
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神社仏閣を詣でる趣味はありませんが、歴史ある建造物の雰囲気は良いものです。パワースポットと言うよりは、穏やかさを感じます。私の脳内は、アドレナリンではなくセロトニン、いえオキシトシンに近いようです。松本行きでは毎度通り過ぎる下諏訪温泉、今回はここに。

やはり、目的は温泉です。目的地は秘湯の会の宿でもある毒沢鉱泉です。下諏訪駅からおよそ50分、てくてく住宅街の坂道を登って行くと、突然現れた山道の急坂を登り到着です。噂で聞いていた、渋いレモン味の酸性の鉱泉に浸かりました。加熱槽と源泉、交互に温冷浴がミッションです。
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長野県松本方面への病院同行、数年前までは何件かありましたが、ここ数年は遠のいています。松本と言えば、現存する天守閣を誇る松本城です。じっくり見学したことはなかったのですが、今回、温泉帰りに立ち寄りました。
連休中なので仕方ないですが、城内に入るには1時間待ちの列です。外観だけで満足ですから、いずれかの機会に譲ることにしました。各地の名城・天守閣をいくつか観てきましたが、松本状の黒い威容にはうならされます。まさに質実剛健、城本来の守備能力だけではなく、造形美も意識したと思います。戦国末期から江戸時代は政庁として、一国のシンボルに役目を進化させた城ですが、よくぞ当時の形を保ってくれたと思います。
帰途の特急まで、時間つぶしは城から近い銭湯で。ここは畳敷きの休憩室があって、旅行者には大助かりです。水風呂に湧き水が引かれており、水質の良さに軽く感激、もちろん飲んでも美味しかった。
中房温泉は、登山客向けの山小屋と旅館棟に建物が分かれています。旅館棟は、山奥にも関わらず管理が行き届いたもので、とくに不便は感じませんでした。敷地内の温泉数は、屋内、露天、打たせ湯、蒸し風呂、足湯、数えると14か所! うち、一か所は夏場限定の温泉プールで使用不可、もう一か所は今年の雪で湯屋がつぶれて使用できませんでした。できれば、残りをコンプリートしたい。二泊三日の挑戦となりました。

すべての温泉に浸かるつもりが、結果は7か所。気にいった湯に3回浸かったこともあり、全湯制覇はできませんでした。↓ 一番のお気に入り、白滝の湯。すぐ横の岩目から湯が湧出して流れ込んでおり、鮮度が抜群なのです。無色透明ながら湯花がちらちら漂い、かすかな硫黄臭と軽いぬめりを感じる弱アルカリ性、ちょうどよい41°の浴感が優しいのです。まだ新緑が及ばぬ高地の渓流を眼下に、水音に鳥のさえずりが混じります。
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江戸時代よりの建物です。その後、増築を重ねて複雑怪奇な構造になっております(中央奥は昭和の新館です)。露天風呂も含め、雪景色が良く似合います。風情のある湯治部屋でしたが、やはり寒さは半端なく、とりわけ布団は寒々しいのです。手前左の建物より突き出た造りで周囲は雪でしたから、とくに寒い部屋だったと思います。
雪降る中、(野良?)猫さんへチュールをあげました。この寒さで大丈夫なのでしょうか?
もちろん、他の入浴者がいないという条件に限りますが。この日、天気に恵まれた山形ですが、周囲は冬枯れの山野に移っています。休日だと言うのに誰もいない山中の露天風呂、バッシャバッシャと4種個人メドレー、誰が見ているわけでもありません。









