自賠責保険の後遺障害認定基準は「器質的損傷」が大前提です。つまり「骨が折れた」「靭帯が切れた」「軟骨が潰れた」ような明らかな損壊が人体組織になければなりません。もちろん「非器質性障害」の認定の余地がないわけではなく、代表的なのはPTSDや精神障害です。これは専門医の一貫した治療、診断にて立証する必要があります。
しかし本例は「むち打ちで匂いがしなくなった?」、つまり頚椎捻挫の他に診断名がなく、そこに明確な器質的損傷がありません。証拠がないのに自分だけが「事故で匂いがしなくなった」と訴えている状態なのです。
結果として被害者と私の二人三脚かつ長期にわたる立証努力から、なんとか自賠責に信用していただくことに成功しました。しかしこれはあくまで例外、毎回立証できるとは限らないレアケースと思って下さい。
12級相当:嗅覚障害(60代男性・長野県)
【事案】
高速道路で渋滞中、後続車に追突された。直後、脳震盪を起すも、自走して目的地に向かった。翌日から通院開始する。単なるむち打ちでは説明がつかない頭痛、目のかすみ、不眠、健忘症が生じた。
そして数日後、匂いがしなくなったことに気付く。
【問題点】
頚椎捻挫を契機に様々な不定愁訴(なんだか調子悪い)が生じることは珍しくない。しかし本件は「むち打ちで嗅覚が失われた?」ことを立証しなければならない。器質的損傷がない嗅覚障害である。これは我々の仕事の中で最も難しいミッションの一つと言える。
【立証ポイント】
整形外科だけでは話にならない。複数の科で丁寧に検証していくことなる。まず基本通り、耳鼻科でT&Tオルファクトメーター検査、アリナミンPテストを実施して「嗅覚脱失」を明らかにする。しかし嗅覚脱失の原因に踏み込まなければ非該当が待っている。
続いて脳神経外科を受診し、CT、MRI、スペクト等あらゆる画像検査を実施する。やはり目立った所見はでない。そこで方向を変えて高次脳機能障害の評価で有名な医師を受診し、MRI(T2スター)等の画像検査、数種の神経心理学検査を実施する。高次脳機能障害の発露の一環、つまり脳外傷に起因する感覚器障害であるかについて専門医の意見を乞う為である。
いよいよ自賠責へ提出の際、事故直後の受傷機転について詳細な説明、写真を添付する。追突の衝撃はヘッドレストの軸がへしゃげて後方に飛んだ位の衝撃である。
これらの診断結果、検査結果、申述書から嗅覚障害12級相当の認定を導いた。脳障害については 当然、否定された。しかし長期にわたる治療、その過程で行った執念深い検査などが訴えの信ぴょう性を担保したと自負している。