複合靭帯損傷(ふくごうじんたいそんしょう)
(1)病態
膝関節の安定性は、靭帯で制御されています。まず、それぞれの靭帯の役割を整理します。
膝関節には、4つの主要靭帯、
① ACL前十字靭帯、② PCL後十字靭帯、③ MCL内側側副靭帯、④ LCL外側側副靭帯、があり、
⑤ PLS膝関節後外側支持機構と共に、膝の安定性を保持、正しい運動軌跡を誘導しています。
ACL前十字靭帯は、脛骨が前方にずれることを制御しています。
PCL後十字靭帯は、脛骨が後方にずれることを制御しています。
MCL内側側副靭帯は、膝関節の外反、X脚となるような方向を制御しています。
LCL外側側副靭帯は、膝関節の内反、O脚となるような方向を制御しています。
膝の複合靭帯損傷とは、上記の4つの靭帯中、2つ以上の靭帯が損傷を受けた状態をいいます。単独の靭帯損傷に比して、膝関節の不安定性が大きく、同時に、半月板損傷や軟骨損傷、PLS膝関節後外側支持機構の損傷を合併する頻度も高く、かなり重度な機能障害を残しています。
交通事故で、大きな外力が膝に集中したときは、これらの靱帯が同時に損傷することがあります。その際に生じる機能障害は、個々の靱帯が損傷したときよりも、重大なものとなります。
例えば、PCL後十字靭帯は、下腿が後方に落ち込むことを防ぐ働きがあります。
また、LCL外側側副靭帯は、下腿が内反、内側に折れ曲がることを防いでいます。
仮に、PCL後十字靭帯とLCL外側側副靭帯を同時に傷害すると、下腿が後方に落ち込んだり、内反しやすくなったりするだけでなく、下腿が捻れるように後外側にずれる、回旋不安定症状が出現します。
(2)症状
受傷直後は、激しい疼痛と腫れが生じ、歩行困難となります。膝関節脱臼では、大きな変形とともに神経・血管損傷を伴うことがあります。ACL前十字靭帯とMCL内側側副靱帯の損傷では、疼痛と不安感を強く感じ、膝が前方にずれる感じと下腿が外側にずれる感じがあります。
膝関節脱臼では、ACL前十字靭帯断裂とPCL後十字靭帯断裂に加え、いずれかの側副靱帯が断裂しているため、関節は安定せず、安静にしていても、ぐらつく不安定感があります。
(3)診断と治療
1、膝複合靭帯損傷の診断は、ラックマンテスト、前方引き出しテスト、ピボットシフトテスト、後方引き出しテスト、内外反ストレステストなどの不安定テストとMRI、ストレスXP撮影などにより行われます。
2、MRIは、靭帯損傷の診断に有用で、靭帯だけでなく、半月板、骨、軟骨なども同時に評価することができます。また、ストレスXP撮影により靱帯不安定性の重症度の判定、治癒過程の評価を画像的に行うことができます。
3、膝複合靭帯損傷では保存的に関節安定性と機能改善を再獲得することは困難であり、全例で手術となります。しかし複数の靱帯を同時に手術することは高度な技術を要するだけでなく、それぞれの靱帯の機能を熟知した専門家によるリハビリテーションが必要です。
靱帯再建術の基本は、自家腱移植による靭帯再建術ですが、再建する靱帯が多ければ、それだけ必要とする移植材料が増えるため、移植に使用する自家腱の選択も重要となります。
仮に損傷した靱帯を全て再建したとしても、予後は不良で、膝の不安定性を残す、反対に硬くなり過ぎて膝の可動域制限を残すことも予想されます。複合靱帯損傷では、どの靭帯を再建するか、損傷の程度や受傷からの時間、また、被害者の活動性などを考慮した上で決定しなければならず、いずれにしても医大系のスポーツ外来、膝の専門医を頼ることになります。
かつて、大腿骨遠位端=膝部が砕けたひどい骨折で靭帯もボロボロのケースでは、固定して安定をとるか、可動を優先させて動揺性を残すか・・・被害者さんと秋葉で、専門医3人と熟考を重ね、シビアな判断をしたことがありました。
その実例、難治性の骨折から複合靭帯損傷 ⇒ 併合5級:大腿骨顆上開放骨折、脛骨骨幹部骨折、短縮障害(50代男性・東京都)
(4)PLS、複合靱帯損傷における後遺障害のポイント
Ⅰ. 滅多に発症しない靱帯損傷ですが、難治性で非常に厄介なものです。新鮮例では、急性期の対応の仕方によって、術後の膝関節機能を大きく左右します。しかし、ほとんどの被害者は、治療先や医師を選ぶことができません。救急搬送された全ての治療先に、膝関節の専門医が配置されていることもありません。
そこで、治療の基本として、2つだけ、覚えておいてください。
1、 PCL後十字靱帯とMCL内側々副靱帯は、本来、高い治癒能力を有している靭帯ですが、ACL前十字靱帯とPLS膝関節後外側支持機構は、治療が極めて難しい靱帯であること、
2、 全ての靭帯を1回の手術で修復、再建することは、膝関節の専門医のみができること、
その上で、傷病名、症状から、被害者としては、治療先と専門医の選択を急ぐことになります。
Ⅱ. 残念ながら、見逃された結果、陳旧性の靱帯損傷となったとき、PLS膝関節後外側支持機構の損傷では、内反および回旋動揺性による膝くずれが頻繁に生じます。陳旧性であっても、手術が選択されることになりますが、経験則では、いずれも十分に満足できる結果は得られていません。
したがって、症状固定として後遺障害を申請します。受傷から6カ月以上を経過して再手術となっても、損保が治療費を負担することはありません。程度に応じた認定等級は以下の通りです。
複合靱帯損傷では、ハムストリングや膝蓋腱の移植を伴う高度な再建術が採用されています。いずれも、解決後に、再建術を模索することになります。
労災保険適用であれば、治療費は負担され、休業給付金の支払いも続けられます。しかしながら、ここから3カ月の入院、2カ月以上のリハビリで休業が続くと、サラリーマンとしての人生は終わります。解雇、退職は、損害賠償の対象ではありません。被害者としての選択肢は、症状固定、後遺障害診断、損害賠償しか残されていないのです。この点を沈思黙考され、症状固定を決断してください。
Ⅲ. PLS損傷では、内反動揺性に対して、LCLの再建術、回旋動揺性に対しては膝窩筋腱 と膝窩腓骨靭帯の再建術が行われています。結果として、動揺性が抑制されれば、8級7号→10級11号、10級11号→12級7号に下がります。
動揺性は無くなったが、痛み・不具合を残す場合は12級13号が該当します。
8級7号の用廃のまま手術せず・・可能性はありますが、今までみたことがありません。切断肢レベルで手術不能、あるいは手術の失敗では存在します。
Ⅳ. 手術の成功で奇跡的回復を果たしたとして、痛みや不具合の残存があれば、神経症状の14級9号認定を残します。手術なく保存療法で、損傷が画像上微妙なケースも14級で判断されます。
次回 ⇒ 坐骨神経麻痺