膝窩動脈損傷(しっかどうみゃくそんしょう)

(1)病態

 鼠蹊部から膝上部まで走行する大腿動脈は、膝窩を通るところで膝窩動脈と名を変えます。


 膝窩とは、膝の後ろのくぼんだ部分です。膝窩動脈損傷は、圧倒的にバイクVS自動車の衝突で発生しています。

 大腿骨顆部骨折、膝関節脱臼、脛・腓骨開放骨折、これらの傷病名に合併することが多く、血行再建が遅れると、膝上切断となる重症例です。特に、膝関節脱臼に伴う膝窩動脈損傷の発生率は、20~40%と報告されています。

 交通事故による膝窩動脈損傷では、骨折や関節・筋損傷などの複雑な病態を合併することが多く、血行再建や観血的整復術は、専門医が担当すべき領域です。
 
(2)症状

 膝窩動脈損傷は、大腿骨顆部骨折、膝関節脱臼、脛・腓骨開放骨折などに合併して発症することがほとんどで、症状は、これらの骨折や脱臼に伴い、骨折部の激痛、腫れなどで立ち上がることもできませんが、膝窩動脈損傷に限って解説するのであれば、損傷下肢は全体に腫れ上がり、膝関節を中心に皮下出血が認められ、下腿の知覚障害、運動麻痺、チアノーゼが認められることもあります。
 
◆ チアノーゼ・・・血液中の酸素が不足することをきっかけとして、唇や指先などの皮膚や粘膜が青紫色に変化した状態をいいます。
 
(3)治療

 まず、足背動脈、後脛骨動脈の脈動を、触診とドップラー聴診器で調べます。CTで膝窩部周囲の血腫が認められ、動脈造影撮影で膝窩動脈の損傷、断裂を認めたときは、直ちに全身麻酔下で手術が行われています。

 コンパートメント症候群を防止するため、下腿の筋膜切開を行い、その後、膝窩動脈を露出し、断裂した動脈を直接的に吻合する端端吻合もしくは、同側の大伏在静脈を膝窩動脈に置換する血行再建術が行われています。
 
(4)膝窩動脈損傷の症例と成績
 
〇 20歳、女性
バイク転倒にて左脛・腓骨開放骨折し、観血的整復術が実施されました。2日後に専門医に転院するも、膝窩動脈は完全断裂し閉塞していたため、血行再建後、感染壊死にて膝上切断となっています。
 
〇 18歳、男性
バイク転倒で、右大腿骨の骨折、左脛・腓骨を開放骨折し、観血的整復術の24時間後に専門医に転院したのですが、膝窩動脈は完全断裂しており、閉塞状態であったため、血行再建術を行ったが、感染壊死にて膝上切断となりました。
 
〇 68歳、男性
歩行中、車に衝突され、左大腿骨の骨折、左膝は開放性の骨折でした。観血的整復術12時間を経過した時点で専門医に転院、膝窩動脈は伸展され完全閉塞していました。血行再建を実施するも、左足関節拘縮を遺残しました。
 
〇 21歳、女性
乗用車を運転、自損事故により、右膝関節を脱臼、整復術の10日後に専門医に転院、膝窩動脈は伸展され完全閉塞しており、血行再建術を実施したものの、左膝関節の拘縮を遺残しています。
 
〇 47歳、女性
乗用車を運転、自損事故により、左脛・腓骨の骨折、左膝開放骨折で観血的整復術を受ける。術後、4日を経過した時点で専門医に転院、膝窩動脈は伸展され完全閉塞していました。血行再建術が行われたのですが、感染壊死にて膝上切断となっています。
 
〇 59歳、女性
歩行中、自動車に衝突され、左脛・腓骨の骨折で整形外科搬送後、直ちに専門医に転送、膝窩動脈は不完全断裂でしたが、伸展され完全閉塞していました。血行再建術後、虚血症状は改善され、後日、観血的整復術を施行し、経過は良好でした。
 
 上記の6例では、膝窩動脈は完全閉塞しており、同側の大伏在静脈を膝窩動脈に置換する血行再建術が行われています。5例は、整復術後に血行再建術が実施されたのですが、内3例が感染、壊死から膝上切断となり、2例が足および膝関節に拘縮の後遺障害を残しています。

 そして、血行再建を先行した1例については、膝窩動脈損傷後の経過は良好で、切断することなく、症状固定となっています。

 交通外傷による膝窩動脈損傷では、虚血症状が遅発性に発症することが多く、まず、可及的速やかに膝窩動脈損傷を診断し、整復術に先行して血行再建術を行うことが重要なことが分かります。
 
(4)後遺障害のポイント

Ⅰ. 血管損傷の症状は、5つのPに代表されます。
 
① PUFFINESS=著明な腫れ、
 
② PAIN=疼痛、
 
③ PULSELESSNESS=動脈拍動の減少ないし消失、
 
④ PALLOR=下腿の蒼白、冷感、
 
⑤ PARALYSIS=知覚異常、
 
 上記の5つ以外にも、斑状出血が認められることがあります。
 
◆ 斑状出血・・・破れた血管から漏れた血液が、皮膚組織や粘膜に入り込んでできる小さなアザのことで、直径3mm未満を点状出血、直径2cmまでを斑状出血、さらに大きなものは、広汎性皮下出血と呼ばれています。
 
 通常の診断では、まず足背部で動脈の拍動を触れること、確定診断は、血管造影となり、血管損傷があれば、緊急的に血管再建術が実施されます。ところが、膝窩動脈損傷の見逃される率は、72.7%と報告されており、その原因として、
 
① 典型的な5つのPが認められない動脈損傷が多いこと、
 
② 初診で、足背動脈が僅かながら触知でき、経過観察となったものなど、臨床症状の不確実さが指摘されています。つまり、迅速に確定診断をするための手段がない現状なのです。

 さらに、確定診断には、血管造影が必要とされていますが、血管造影には、1~2時間の多大な時間を要するのです。
 
Ⅱ. 一方、筋肉の阻血許容時間は、6時間とされています。この6時間は、血行再建までのゴールデンタイムと呼ばれているのです。先の例でも、観血的整復術後に24時間、2日間、4日間を経過したものは、いずれも膝上切断となっており、血行再建術は、経過の時間との戦いなのです。
 
Ⅲ. 「1下肢を膝関節以上で失ったものは、4級5号が認定されます。
 
 労働能力喪失率は92%、自賠責保険の後遺障害保険金は1889万円です。赤本基準であれば、後遺障害慰謝料は、1670万円、

 被害者が37歳男性で、前年度の所得が580万円であれば、逸失利益は、580万円×0.92×15.372=8202万円が予想されます。臨床症状の不確実さが指摘されているのですから、軽々に医療過誤を口にしないことです。
 
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