肩腱板損傷(かたけんばんそんしょう)
 

 まずは、肩腱板周辺の構造から。肩関節は骨同士が軟骨で接する関節面が小さく、腱板と呼ばれるベルトのような組織が上腕骨頭の大部分を覆うようにカバーしています。そのため、肩は自由度が高く、自由に動かせることができるのです。腕を持ち上げるバンザイでは、腱板は肩峰、肩甲骨の最外側や靱帯からなるアーチの下に潜り込む仕組みとなっています。アーチと腱板の間には、肩峰下滑液包=SABがあり、クッションの役目を果たしています。
 
(1)病態

 肩腱板は、肩関節のすぐ外側を囲む、棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋の4つの筋肉で構成されています。このうち、交通事故による傷害ということでは、圧倒的に棘上筋腱の損傷もしくは断裂となっています。これは、事故にあい、転倒した際に、手をついた衝撃で肩を捻ることが多いからです。

 棘上筋腱は上腕骨頭部に付着しているのですが、付着部の周辺がウィークポイントとなっており、損傷および断裂が非常によく発生する部位となっています。

左が部分断裂、右が完全断裂の図です

 腱板の断裂では、激烈な痛みと腫れを生じます。特に、肩を他人に動かされたときに、特有な痛みが生じます。部分断裂の場合には、腕を伸ばし、気をつけの姿勢で、ゆっくり横に腕を上げていくと肩より30°程度上げたところで痛みが消失します。完全断裂のときは、自分で腕を上げることはできず、他人の力を借りても、疼痛のため肩の高さ以上は上がりません。医師は、肩が挙上できるかどうか、肩関節に拘縮があるかどうか、肩を挙上したときに肩峰下に軋轢音があるかどうかをチェックし、棘下筋萎縮や軋轢音があれば腱板断裂と診断しています。断裂が存在する場合には、XPでは、肩峰と上腕骨頭の裂陵が狭くなり、MRIでは骨頭の上方に位置する腱板部に白く映る高信号域が認められます。

 また、断裂がある場合に、肩関節造影を行うと、肩関節から断裂による造影剤の漏れが認められます。エコーやMRIにおいても断裂部を確認することができます。なお、腱板は肩峰と上腕骨頭の間に存在し、常に圧迫を受けているので、年齢と共に変性する部分もでてきます。
 
 肩腱板損傷にまつわる年齢変性との関係 👉 肩腱板損傷の認定、過去記事から 発端編
  
(2)手術と処置

 肩腱板の部分損傷、軽度の断裂、棘上筋の内部のわずかな断裂(深層断裂とも言います)の場合は、手術を避ける傾向です。若年者であれば、大多数はリハビリ治療で治癒します。事故直後は、痛みが強く、肩の可動域は大きく制限されますが、疼痛管理で炎症を押さえ、さらにリハビリで肩の動く範囲を取り戻していくことが大切となります。

 また、どの姿勢でも痛みが強く、夜間痛で眠れない、腕の運動痛が堪えがたいとう、肩腱板の広範囲断裂の場合には、若年者に対しては、腱板修復術が適用されます。ところが、中年以上では、肩関節の拘縮が懸念されることから安静下で2週間程度の外固定が実施されるのが一般的です。

 完全に断裂してしまった棘上筋は縫わなければなりません。ひと昔前は切開して縫合でしたが、近年は内視鏡、関節鏡下での手術です。早ければ1泊の入院で済みます。術式は関節鏡下にて、上腕骨にアンカーと呼ばれるスクリューを打ち込み、このスクリューから腱修復用の糸と腱を縫合することで腱の断端を骨に圧着させる方法が基本です。

 アンカーは金属製、あるいはPEEKと呼ばれる樹脂材料のもの、吸収して骨に変わるものなどがあります。これらを骨の状態によって使い分けます。近年の多くは骨に同化する材料を用います。
   
(3)後遺障害のポイント
  
Ⅰ. 画像での立証

 肩腱板断裂の場合には、MRIもしくはエコー検査で立証しなければなりません。医師が、XP検査(レントゲン)で肩峰と上腕骨頭の裂陵が狭小化していることを指摘しても、損保料率機構調査事務所では、腱板損傷や断裂を立証したと判断してくれません。したがって、MRIによる検査が必須です。一方、ある専門医は、状態によってはエコーの有利性を主張されました。やはり、診断は専門医の領域と思います。


 
 また、症状固定時期は、受傷から6カ月を経過した時点です。ダラダラと治療を続けると、場合によっては、中途半端に回復することもあり、結果として等級が非該当となることがあります。まずは、事故日から6ヶ月を一つの目安として、症状固定としてふさわしいかどうかを判断した方がいい場合もあります。治療を続けるべきかどうかは、最終的には医師の判断ともなってきますが、医学的判断とは別に、法的な判断というのもありますので、ぜひ、秋葉にご相談ください。
 
 画像所見の有無から迷走したケース 👉 12級6号:肩腱板断裂(60代女性・埼玉県)
 
Ⅱ. 機能障害(可動域制限)での認定

 後遺障害等級は、被害者が中年以上であれば、肩関節の機能障害で12級6号が主流でした。しかし、手術の技術向上から、深刻な可動域制限を残さない傾向です。10級10号は滅多に発生しませんが、腱板の広範囲断裂、肩関節の脱臼、鎖骨の遠位端粉砕骨折等を合併しているときは、この限りではありません。


 
 可動域制限での認定例:12級 👉 12級6号:肩腱板損傷(30代男性・東京都)
  
 可動域制限での認定例:10級 👉 10級10号:右肩腱板損傷(30代男性・兵庫県)
 
 過去の例では、外転運動が60°以下に制限、他動値では正常値の180°ですが、自力でその位置を保持することはできず、医師が手を離すと腕は下降(この状況をdrop arm signと呼びます)、さらに、断裂部に疼痛が発生していたという事案で、上肢の3大関節中の1関節の用を廃したものとして8級6号の後遺障害等級が認められた場合もあります。
 
Ⅲ. 痛みの残存=神経症状での認定

 可動域制限には至らない、あるいは、可動域制限はあるが、それを裏付けるほどの画像所見がない、ただし、画像所見で損傷が認められる場合、理論上12級13号の認定になります。最後に、画像所見が不明瞭であっても、症状の信憑性と一貫性が使用される場合、14級9号の余地を残します。12級13号は少なく、多くは画像所見から14級9号に落ち着く印象です。
 
 ギリギリの認定例 👉 14級9号:肩腱板損傷(30代男性・神奈川県)
 
 秋葉事務所のご相談においては、MRI画像を分析、被害者の肩関節を動かして、認定等級を判断しています。方向性に迷ったらMRI画像を持参して、ご相談ください。たいていの事務所は診断書を待つだけ、積極的な計画を立てるまでに至らないはずです。
 
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