先日の弁護士セミナーにて、S先生の講義から得た事がたくさんありました。研修資料をもとに、いくつかの論点を語っていきたいと思います。
まず、MTBIと高次脳機能障害の区別についてです。これは以前も取り上げてきたテーマですが、数千件の高次脳機能障害の評価とMTBI患者の診断を行ってきたS医師の解説で、ようやく一定の理解を得ました。
MTBIは外傷軽度脳損傷の略で、WHOの基準が良く知られています。これをベースに行政側が障害認定をする上で高次脳機能障害と区別しています。
詳しくは 👉 高次脳機能障害の立証 13 <新認定システム> 6
言葉通り、外傷による軽度の脳損傷(と推測される)患者は、現実に多くの症例が報告されています。臨床上の基準であるMTBIは、PTSDや高次脳機能障害の症状を含み、症状の類別はかなり広範囲です。問題はこの診断名が、補償制度や労災、自賠責などの対象外のものとする、行政側の定義と混同することにあります。臨床診断からの「広義のMTBI」と、補償制度の認定基準外と位置づける「狭義のMTBI」、このダブルスタンダードをS先生はご指摘されました。これは後日詳しく解説します。
・・・S先生は、まずMTBIの症状について説明下さいました。以前、S先生の診断に一度立会ったことがります。患者に対し専門用語を控え、例え話や道具を使い、とてもわかりやすいものでした。
今回の研修では「あしたのジョー」を引用して下さいました。S先生へ敬意を込めて、秋葉なりに追補、まとめました。
まず「あしたのジョー」を30秒で説明
1968年連載のボクシング漫画。テレビアニメ放映、アニメ映画化。最近は山下智久さんの実写版も公開されました。
主人公、矢吹丈という不良少年が南千住 泪橋にふらりと現れます。そこで元ボクサーの丹下段平に見いだされ、ボクシングの指導を受けます。
その後、少年鑑別所を経てプロボクサーとなり、鑑別所で出会ったボクサー力石 徹とリングで再戦します。しかし試合直後、力石はジョーのパンチがもとで死亡してしまいます。そのショックでスランプに陥るもののカーロス・リベラとの戦いで復活します。
その後も数々の強敵と戦い、自身もパンチドランカーとなりながら、ついに世界チャンピオン ホセ・メンドーサと対戦します・・・
強敵カーロス・リベラ戦、そして廃人となったカーロス
ジョーは力石の死を引きづり、相手顔面にパンチが打てなくなる、ボクサーとしては致命的なスランプに陥ります。しかし好敵手カーロスが現れ、ジョーは復活を遂げます。お互いが試合を熱望し、世界チャンピオン ホセへのタイトルマッチを延期してまで、カーロスはジョーとの試合を優先させたのです。この激闘は引き分けとなりまた。
その後、カーロスはホセと戦い、負けてしまうだけでなく、重度の障害を負ってしまいました。ボクサーの職業病で「パンチドランカー」という症状です。これは常時酒に酔っているような酩酊感、ふらつき、頭痛、不定愁訴、末梢神経障害、認知障害、記憶障害、人格変化・・・などPTSDと高次脳機能障害、双方の症状が含まれます。決してガッツ石松や具志堅 用高さんのボケではありません。
痴呆のようになってしまったカーロス
全身に神経症状、麻痺があり、よろよろとしか歩けず、シャツのボタンもとめられません。軽度の失語、見当識・記憶にも異常が見られます。
このようなカーロスの症状はMTBIに類するものと言えます。パンチなどの外からの衝撃に脳がなんらかの損傷を受けたものと推測できるからです。当時は高次脳機能障害、MTBIなどの診断名はなく、概念も曖昧でした。もちろんMRIやCTもありません。脳波測定とXP(レントゲン)だけです。この時点で精密な検査は行っていません。
カーロスを壊したのはジョーか?
カーロスのマネージャー ロベルト は「カーロスはホセと戦う前、ジョーとの試合で既に壊されていた」と言いました。力石に続き、カーロスまで・・・苦悩するジョー。しかしカーロスを白木病院で検査することになり、以下のようなXPの画像所見がでました。
左側頭葉における脳損傷があったのです。ここまで見事に穴が開いて、急性硬膜下血腫などが起きなかったのか?手術はしたのか?と疑問はさておき、脳に器質的損傷があったことは間違いないようです。
つまり、カーロスは器質的損傷を伴う脳損傷であり、MTBIではなく高次脳機能障害であると言えます。もしこの時、神経心理学検査を行えば、あらゆる症状が数値化できたはずです。私だったらカーロスの症状は生涯就労不能であると推測し、3級3号の認定を目指します。もっとも交通事故ではないので労災3級、精神障害者手帳2級の申請となります。
(ちなみにこのレントゲン画像に写りこむのは、この画像にショックを受けるジョーです)
受傷機転
カーロスにこのはっきりとした外傷を与えたのはジョーではありません。カーロスはホセのコークスクリューパンチでKOされたのです。
コークスクリューパンチとは左の図のように、手首の回転を加えたパンチにより、より深いダメージを与える、ホセの必殺パンチです(ほんまかいな?)。
カーロスはこれでKO、意識障害が続き、頭蓋骨骨折、左側頭葉に脳損傷を受け、高次脳機能障害者となりました。高次脳機能障害認定の3要件も揃っています。
S先生はMTBIの症状を説明する上で、カーロスを例としましたが、カーロスは高次脳機能障害だったのです。ここまで話を続けてくれるもの期待しましたが、時間の関係で割愛したものと思います。
研修の内容が濃密だったので、今後も継続してMTBIと高次脳機能障害について取り上げます。