上顎骨、下顎骨、頬骨、いずれの骨折と同時に歯を折ることは多いものです。もちろん、単独で歯を折る(歯折)、歯を失う(歯牙欠損)、根本がグラグラになる(脱臼)等で治療を施すこともあります。歯の治療で、歯を削る・人口物で補うことを、専門的な用語で補綴(ほてつ)と呼びます。

 歯の後遺障害では、事故以前の虫歯なども含め、加重障害として等級が認定されています。そして、加重障害の計算は、単純な差引ではなく、とても複雑なものです。ここで特集しましょう。
 
1、歯の障害

 まず、歯の状態を4つに分類します。
 
a. 補綴歯  交通事故で受傷した歯の体積の4分の3以上を、治療上の必要から削ったもの、
 
b. 補綴歯  直接の破壊のない歯であっても、治療の必要から、健康な歯の4分の3以上を削ったもの、ここでいう歯とは、歯茎の上、見える部分=歯冠部のことです。
 
c. 欠損 交通事故により、歯が折れたもの、
 
d. 抜歯 交通事故により、歯がぐらつき、治療上の必用から歯を抜いたもの、
 
 bの具体例として、交通事故で歯を欠損・抜歯した後に、喪失した歯の部分に人工歯を設置するブリッジがあります。ブリッジでは、両サイドの健康な歯を削り、橋のように3本がつながった人工歯を被せて固定します。

 このブリッジと、インプラント、入歯を以下、イラストにしました。説明するよりわかり易いと思います。

 ブリッジ

インプラント(左)と入歯(右)

 
  
 部分入歯(左) と 総入れ歯(右)
  
2、歯の後遺障害等級

 大人の歯、つまり永久歯は上が14、下が14の計28本の歯です。歯の後遺障害等級は、10級3号~14級2号まで、5段階で評価されています。
 


 
3、加重障害の計算

① まず、交通事故で直接破壊された歯と、その為に補綴を余儀なくされた歯の本数をカウントします。
 
② 次に、事故前からの既存障害歯の本数をカウントし、2つを合計した本数を算出します。
 
※ 既存障害・・・交通事故以前に、虫歯で大きく削られた歯、金属や冠で治療したもの、クラウン、入れ歯、インプラント、抜けたまま放置されている歯のことです。
 
③ 合計の本数を現存障害歯として、上表から後遺障害等級を求めます。
 
④ 続いて、交通事故以前からの既存障害歯の本数について、上表から後遺障害等級を求めます。
 
現存障害歯の自賠責保険金-既存障害歯の自賠責保険金=加重後の自賠責保険金となります。
 
 歯の加重障害の計算、その実例 👉 11級4号:歯牙欠損(70代女性・東京都)
 
< 計算例 Q&A >

(Q1)鈴木さんは、虫歯の治療で4本に金属を被せ、他の2本は抜けたまま放置していました。そして、本件交通事故により、2本の歯を根元から歯折しました。

 1本はインプラント、もう1本は、両サイドの歯を大きく削り、ブリッジで補綴する治療となりました。歯の後遺障害等級をお教えください?
 
(A)既存障害歯は、虫歯の4本、抜けたままの2本で6本となります。
 
 交通事故による障害歯は、インプラント1本、ブリッジによる3本の補綴で4本となります。

 現存障害歯は、6+4=10本であり、等級表から11級4号となります。

 既存障害歯は、6本ですから、5本以上で7本以下、つまり13級5号となります。

 11級、331万円-13級、139万円=192万円が加重障害後の自賠責保険金となります。
 
◆  誤った判定?

 a. 交通事故で折れたのは2本だから、14級の3本以上に該当せず、非該当ですよ?
 
 b. ブリッジで3本、インプラントで1本、合計4本ですから、14級2号になります?
 
 c. 事故後の合計障害歯は10本、ここから事故前の障害歯6本を引くと4本になり、14級2号です?
 
 上記の誤った説明は、かつて、交通事故110番のホームページの間違った掲載が原因となっています(その後、修正しました)。

 「歯科補綴を加えたもの? なにやら難しい表現ですが、交通事故で現実に喪失した歯の本数が対象です。見えている部分の4分の3を失ったときも対象に含まれます。事故で2本の歯を喪失し、両サイドの歯にブリッジを架けると、都合4本の歯に補綴を実施したことになるのですが、失った歯は2本ですから、後遺障害には該当しません。」 ・・・このような間違った掲載を長らく続けてきたのです。問題は、それをパクったのか、弁護士はじめ、いくつかのHPで間違った記載があったことです。その迷惑は結局、被害者さんに及びます。正しく修正されることを期待しています。
 
(Q2)山崎さんは、自転車で走行中に自動車と衝突しました。
 
 6カ月後の後遺障害では、右橈骨遠位端粉砕骨折による右手関節の可動域制限で10級10号、
 
 歯も本件事故で3本を喪失したのですが、元々の虫歯も7本あり、歯は合計10本で11級4号、
 
 最終的に後遺障害等級は、併合により9級となりました。
 
 さて、本件の自賠責保険金はいくらになるでしょうか?
 
(A)歯の後遺障害では、既存障害歯7本の12級3号が差し引かれることになります。
 
 併合9級の自賠責保険金は616万円です。12級は224万円です。

  
 616万円-224万円=392万円が、振り込まれる保険金?
  
 ちょっと待って、併合される前の10級10号の自賠責保険金は461万円です。
  
 歯の後遺障害を申請したばかりに、併合で9級となっても、保険金は392万円?
  
 ええ、やぶ蛇なの? 69万円も目減りしているじゃないの?
 
 安心してください。歯の加重障害を適用して保険金を差し引くよりも、歯の後遺障害を抜きにして、他の障害が併合されたことによる保険金が、被害者に有利な計算となれば、加重分の保険金を差し引かない特別なルールが適用されているのです。
  
 つまり、本件では、10級10号を認定して、461万円を支払い、併合9級は却下されます。
  
 歯を除いた障害の併合等級か?歯を加えた加重障害か? この選択は、常に、被害者に有利な方で認定されているのです。
 
 歯の後遺障害がノーカウントとなった実例 👉 13級5号:歯牙障害(20代男性・千葉県)
 
◆ しかし、等級のノーカウントは自賠法の規定であり、交通事故に長けた強い弁護士であれば、併合9級として、後遺障害慰謝料690万円を主張することを検討します。歯の喪失では、訴訟であっても、逸失利益は認められていません。逸失利益のみ10級をベースに、フル期間を請求することを期待したいところです。裁判では既存障害歯を素因として減額計算するのか、自賠責の加重障害のルールを踏襲するのか、裁判官の判断に注目でしょうか。
 
◆ 最後に補足を2つ。

・親知らず=3大臼歯、乳歯の喪失は、当然のことですが、評価の対象外です。

・歯の後遺障害診断では、専用の後遺障害診断書を使用します。歯科では記載に慣れていない先生も多く、毎度、私達もフォローしています。
 
 次回 ⇒ 顎関節症・円板損傷