このシリーズ、ようやく核心にたどり着きましたが、もう少しお付き合い下さい。

 前回のように、保険会社は自ら人身傷害の約款を破った支払い運用をする時があります。人身傷害は発売以来「あらかじめ保険会社が支払い金額を決めた傷害保険」としていますが、この建前はぐらつくことがあるのです。

 最近の例でも・・自転車搭乗中、自動車にひき逃げにあった被害者さんの例

 この被害者さんはS〇Iさんの自動車保険に加入していました。その人身傷害から治療費、休業損害が支払われたので大助かりです。さらに腰椎捻挫で12級の後遺障害となったので、その慰謝料・逸失利益を請求しましたが、提示された保険金が少なく不満でした。そこで、連携弁護士に依頼、保険会社に請求したところ、ほぼ赤い本の金額を払ってきました。無保険車傷害保険からならまだしも、人身傷害から(人身傷害基準で支払うといった)約款を無視して大盤振る舞いです。(この担当者さん、大丈夫かぁ?)このようなことがたまにおきます。
 
c_s_seikyu_12 だから、前回の裁判基準をゲットするための策(3)「駄々っ子作戦」を推奨するのです。もちろん、「絶対に自社基準でしか払いません!」と対応され、まったく折れない担当者もおります。しかし、物わかりのよい優等生ではだめです。保険金請求、時には「気合」が必要です。

 
 約款の支払い基準を強硬しない、約款もちょこちょこ修正する・・どうして人身傷害はこのように支払いが曖昧なのでしょうか?それはアメリカ生まれの輸入品を日本向けに加工した、人身傷害の誕生に遡ります。原因を分析してみましょう。
 

Born in the USA

85_1 人身傷害のモデルとなったのはアメリカのノーフォルト保険です。事故で運転者自身に100%責任があってどこからも賠償金が得られない、もしくは自身に責任が大きく、過失分の補償を差し引かれる場合、事故の過失の有無に関係なく、事故によって生じた人的損害を確保するために自己が契約する保険です。補償内容は医療費、休業損害に限られ、慰謝料等の非経済的損害は除かれています
 事故でケガをすれば、損害額および過失責任の確定で賠償金を得るまでにかなりの時間を要します。この保険の一番の目的・効果は、それらが確定することを待たずに迅速に支払いをすることです。この点、日本の人身傷害もこの効果を見習ったのものです。しかし、日本の人身傷害は非経済的損害の慰謝料、将来損害の逸失利益まで補償に含めています。もちろん先に支払ってくれるのはありがたいのですが、後に損害が確定した時に「自社基準で支払い済ですから、勝手に確定した慰謝料・逸失利益など知りません」と冷たい対応となるのです。その差が僅差であればそれでもいいでしょう。しかし、ご存知の通り、保険会社の基準と裁判の基準では大きな開きがあるのです。

 アメリカでは運営組織・制度としての自賠責保険はなく、自動車の登録・更新(日本の車検と違い、届け出程度)の際に保険の加入が義務づけられており、最低補償額が州ごとに違います。その保険引受けは民間の保険会社が担います。つまり、日本のように自賠責保険基準と言った独自のものはなく、それに毛の生えた程度の任意保険基準が幅を利かせているわけではありません。賠償額を決める交渉は州ごとの弁護士の仕事であり、保険会社の業務はアンダーライティング(引き受け)が中心です。このようなアメリカでは (自賠責基準)<任意保険基準<裁判基準 といった極端なダブル(トリプル)スタンダードがないのです。

(自動車保険・日米比較の過去記事)

 もちろんアメリカの保険会社もそれぞれ会社の算定基準はあります。しかし、こと賠償ともなれば、双方の話し合い、裁判の結果を踏襲する金額を支払うことが普通です。「つぐない」の為の保険である以上、当然です。しかしノーフォルト保険は自分が自分の為に掛ける傷害保険です。したがって事故ごとの条件や話し合いによって金額が変わる慰謝料や逸失利益は計算が難しく、(あらかじめ金額を決めた)傷害保険に馴染まないので除外しているのです。訴訟社会のアメリカでは慰謝料がとんでもない金額に跳ね上がる可能性もあります。日本人のようにみんな公平、一緒の金額で我慢しましょう・・とはかけ離れた社会なのです。

 
 つまり、「約束した」傷害保険と「つぐない」の賠償保険を混同してしまったことが問題の原因なのです。人身傷害を最初に開発・発売した東京海上はおそらく「日本では、ほとんどの人身事故は被害者と保険会社との直接交渉・示談で解決している。この日本社会であれば、慰謝料や逸失利益を保険会社基準で計算しても問題ないだろう」と判断したのだと思います。もし、強硬に裁判基準を請求してきたら・・そのようなレアケースは想定する必要がなかったのかもしれません。裁判基準か人傷基準かが問題となるのはしょせん稀なこと、保険会社担当者が約款を曲げた支払いをするのも、全体から見れば小さい問題なのでしょう。
 
teresaテレサ・テンはsanma台湾生まれ

(まだ)つづく