私は学校を卒業後、直ちに損保業界に入り、その後、一貫して交通事故分野一筋でやってきました。最近、依頼者さんから質問を受けました。
「秋葉さんはなぜこの仕事を選んだのですか?」
この質問には即座に答えることができます。この機会に少し語りましょう。
損保会社勤務の時、担当する顧客さまの御嬢さんが自転車でおばあちゃんにぶつかり、骨盤骨折をさせる交通事故がありました。この顧客さまの契約に個人賠償責任保険が付帯されており、この保険を使っておばあちゃんへの賠償を行うことになりました。このおばあちゃんは御年80歳、このケガから排尿障害や歩行不能となり、ほぼ寝たきりの状態になってしまいました。ご家族は会社員のご長男のみ。対して担当する顧客様(加害者側)に個人賠償責任保険の加入があり、最高3000万円まで支払えます。
その後、10か月を超える治療を行いましたが、回復の兆しはありません。ついに、治療の長期化を懸念する保険会社の指示のもと、治療費打切り=示談の運びとなりました。事故後、数度にわたり顧客様(加害者)と謝罪に訪れ、それなりに馴染んでいる私が示談交渉に同席しました。
最近の個人賠償責任保険はある程度、保険会社の示談代行が可能となりましが、この時代は示談代行ができず、顧客様が示談交渉を行います。しかし、示談金がいくらになろうとも支払額は保険会社の認定額までです。つまり、保険会社の認定額以上の示談金は顧客負担となってしまいます。したがって、心配なので営業担当ながら私も同席し、示談交渉を手伝います。これは実質、担当者である私が示談代行(代理交渉だと違法です。保険会社の人間はあくまで「代行」なので違法ではないと解釈されています)をすることになります。
そこで被害者親子に保険会社の提示額320万円の説明を行い、「申し訳ありません。これ以上支払いはできません」とひたすら土下座です。
対して、心優しい親子は、
「秋葉さんがそう言うのなら仕方ないです。それで示談でいいです」と・・・。
会社に戻り、支払担当者から「秋葉くん、よくまとめてくれた!さすがだね!」と賛辞の嵐、支払部門は大喜びです。このように保険会社時代、営業担当でありながら、いくつもの交通事故を解決させました。
この被害者さんは、骨盤骨折癒合不良による股関節の可動域制限、排尿障害で併合9級(自賠責基準で616万)となるような障害です。介護料なども勘案すれば少なくとも2000万程度の損害賠償が見込まれます。しかし、後遺障害のことなどまったく触れずに示談成立です。
当時は現在のように後遺障害、賠償の知識がありませんでしたが、320万はあり得ない、その倍額位にはなるのでは?と思っていました。これからおばあちゃんはどのくらい苦しむのだろう・・・息子さんは介護のために仕事を犠牲にするのだろうか・・・それとも自費で介護を行うのか・・・320万では焼け石に水です。
もうね、嫌になったのですよ、保険会社側の仕事が。
このようなケースは決して珍しくありません。交通事故の実際とは、そして保険会社とは・・・時に被害者にとって大変厳しいものなのです。もちろん、保険会社の存在が、広く被害者を助けている現実は承知しています。それでも、重傷者の多くは十分な損害の立証を経ないまま、余りにも低い賠償金で解決されています。被害者が損害の立証方法や賠償額の相場を「知らない」が故、320万円で許すと言えば確かに民事上の契約成立=示談です。なんら違法ではありませんし、安い支払いに抑えることが営利企業である保険会社の望ましい立場です。それはわかっています。そこで割り切れるか否か、先のような経験が少なければ損保業界に残っていたでしょう。残念ながらそのような経験の数は多く、私は割り切れませんでした。しばらく腐って仕事はそこそこに、ロックバンドに加入、ライブ活動中心に生きていました。
それからなんだかんだで10数年、腐ったままにはあまりにも長い年月を経て思い立ちました。保険会社は確かに被害者を助けていますが、それはあくまで加害者側の責任を全うすることであり、契約者である加害者を助ける仕事です。結果として、反射的に”広く浅く”被害者を助けているに過ぎません。
そこからこぼれた被害者を担う、”狭く深く”助ける人も絶対に必要です。どうせ仕事をするのなら、そこで仕事をしよう!・・・そして現在に至るのです。
今なら、先の親子のために後遺障害9級の認定を行ない、弁護士と共に1000万を超える額を得るために戦うでしょう。
これが私の原点です。保険会社の社員・関係者は国内に10万人、少しくらい被害者の味方になっても良いと思います。
すべての仕事に共通しますが、「志」のない仕事は単なる金儲けです。この精神を来月から研修を受け持つ後進に伝えていきたいと思います。